横尾くんは語る、悲観的な人ほど長生きをすると
つい昨日ニュースでやっていた。
日本人の平均寿命が男女共に八十歳を超え、なんとその記録は世界二位になるらしい。
女性に至っては平均寿命は驚異の八十七歳。
もうあと数十年もすれば九十歳を超える勢いで伸び続けているという。
今の自分の年齢を考えると、これまでの人生のだいたい六倍になる。
今日までの日々をあと二回繰り返してやっと人生の折り返し地点だ。正直まったくもってイメージできなかった。
「ああ、そのニュースなら僕も見た。このままのペースで行けば、僕たちが老後の心配をし始める頃には三桁も目前に見えているかもしれない。もっともあくまで平均寿命だからね。僕や君が十代半ばで息絶える可能性も決して低くはない」
どう考えても起こり得るのが低い不吉な可能性を横から槍だしにしてくるのはもちろん横尾くんだ。
憎まれっ子世に憚る。
なんとなく横尾くんは平均寿命を遥かに超えて長生きするような気がした。
「だけどそのニュースで驚いたのは、平均寿命の第一位が香港だったことだね」
そういえば日本を差し置いて平均寿命世界一位の座に着いていたのは香港だった。
どうして中国ではなく香港というくくりなのかはわからないけれど、きっとこれが大人の事情という奴なのだろう。まだ幼い私は深く気にしないことにした。
「香港、というより中国人は楽観主義の印象があったから、意外だったよ。悲観的とよく言われる日本人が二位なのは納得だけれど」
なにが意外なの? 楽観的な人の方が長生きしそうじゃん。
私は横尾くんの口振りを不思議に思う。
まるでその言い方だと、プラス思考の人は早死にしやすいみたいだ。
ふつうに考えて、マイナス思考の人の方が寿命は短い気がする。
ストレスとかでなんかすぐ病気になりそうだ。
「やれやれ、それはよくある勘違いだね。楽観的な人よりも、悲観的な人の方が長生きをするのさ。ちょっと想像してみて欲しい。海や川を泳ぐ魚に抗うつ剤を打ったらどうなると思う?」
魚に抗うつ剤?
私は思わず訊き返す。唐突に投げかけられた問い掛けの設定があまりにも突飛過ぎたからだ。
それにしてもプラス思考の人よりマイナス思考の人の方が長生きしやすいなんて驚きだ。いったいどうしてそうなるのだろう。
「魚に抗うつ剤を打つと人間と同じ様に神経伝達物質の分泌が多くなり、俗にいう躁のような状態になる。そして躁状態になった魚は普段よりアグレッシブで無謀な行動をとるようになり、その結果他の捕食者に食べられやすくなるんだ。抗うつ剤の効果を受けた魚と受けていない魚では生存率に有意の差がでる」
ギョギョギョ! とハイテンションになった魚が夢中で水泳を楽しんでいたら、水中に住む哺乳類や海鳥たちに食べられ、いつもより強気で餌に喰いついていったら人間に釣られて晩酌の肴にされてしまうのを想像すると、若干切ない気持ちになった。
だけど躁状態とプラス思考というか楽観主義はまた別物な気がしなくもない。
「僕の知る限り君はどちらかといえば楽観主義な傾向がある。羽目を外し過ぎて早死にしないことだ」
私ってそんなに楽観主義かな、と訊けば、横尾くんは私を知る十人に訊いたら十人がそうだと答えるはずだと主張する。
なぜかその際に横尾くんが満足気にドヤ顔をしていた少し腹が立った。
私が早く死ぬのがそんなに嬉しいのだろうか。
「誰も君が早く死ぬのが嬉しいとは言っていない。ただ君より僕の方が長生きできることに喜んでいるんだ。僕は君より早く死にたくないからね」
理由は知らないけれど、どうしてか横尾くんは私より長生きしたいみたいだ。
でも横尾くんもわりと楽観主義っぽいから、そんなに期待しない方がいいんじゃないかな。
「なにを言っているんだい? 僕はかなり悲観主義者だ。だからおそらく全人類でもトップクラスに長生きするに決まっている。安心するといい。君が死んでも、君のことを覚えている僕がいれば、それは君も生きているようなものだよ」
自信満々に横尾くんは自分が長生きをすると断言する。
自分が長生きすると信じて疑わないその振る舞いは楽観主義の人のものにしか見えなかった。
だけど私が死んでも横尾くんは私のことを忘れないと言ってくれたので、今回は特別にその事を指摘しないであげることにした。
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