横尾くんは語る、運命の相手はときに聡明ではないと



 窓から見える街並みはいつも通り。

 世界は電線と呼ばれる紐で結ばれていて、今日もその結び目が解けないように枯茶色の鳥が見張っている。

 かの有名な竹取物語を古典の授業で学ぶ私は、いつもよりほんの少しだけ空想的な気分だった。



「こんな話が今昔物語集にある」



 ふいに古典の教科書に視線を落したままの横尾くんが喋り始める。

 彼は私と同じ様に直前に聞いた話に影響を受けやすい。


「“近衛舎人このえとねりどもの稲荷詣でに、重方しげかた、女にあひしこと”というタイトルの説話で、要約すれば重方という名の男が変装した自分の妻に言い寄り殴られたという話だ。知っているかい?」


 今昔物語集自体なら一応知ってるけど、その中身まではちょっと。

 内包された物語が全て“今は昔”の文句から始まる、平安末に作り上げられた日本最大の説話集であるということは受験生ということもあり知っている。

 だけど今昔物語集の話を一例あげろと言われると困ってしまう。

 いつも思うけれど横尾くんは知識の方向性が若干変わっている。


「やはり知らないか。今昔物語集は現代でも通じる面白さだ。一度適当に読んでおくといい。お勧めするよ」


 あ、ありがとう。今度読んでみるね。

 しかし今昔物語集。それは本屋で売ってるのかな。


「まあそれはいいとして、重方の話に戻ろう。この話は参拝客だらけの京都の伏見稲荷で、近衛の武官である重方という男が一人の女に目を付けて口説きに行ったところ、それは気立てよく装いした自分の妻だったという喜劇だ。でも僕は個人的にこの物語に運命という物の皮肉を感じている」


 厳かな場所であるはずの神社でナンパをしたあげく、それが実の妻だったなんて。最低の夫だ。私だったらそこで百年の恋も冷めてしまうかもしれない。

 重方許すまじ。私は顔も知らない重方という男に対して心の中で中指を立てた。


「この物語の中の伏見稲荷はちょうど二月の初午と呼ばれる時期で、京都中の人々が参拝しに来ていたらしい。その中で一際目を惹く女性がいて、重方はもう二度と妻の元には戻らないとまで言った。そしてその女性が妻だったんだぞ? 凄いと思わないか? これぞ運命の相手だよ」


 なにが凄いの? 重方が凄い阿呆ってこと?

 私はいまだに横尾くんがこの腹の立つ出来そこないの喜劇のどこに感動をしているのかがわからない。

 こんな軽薄な男を運命の相手と呼ばないといけないとしたら、なんて運命という物は残酷なのだろう。


「よく考えてみて欲しい。重方はたしかに浮気性だ。でもそんな女好きの彼が何人もいる参拝客の中から選んだ女性が、自分の妻だった。これはもうほとんど二度同じ相手に恋をしたといっても過言ではない」


 二度同じ相手に恋をした。そういう言い方をすれば聞こえはいいけれど、さすがに好意的な解釈過ぎると思う。

 というか気づけよ。そこまで好きな相手を別人と間違えるなんてありえない。やっぱり重方は凄い阿呆だ。


「ふふっ。そう怒ってやるなよ。運命の相手はときに聡明ではない。とんでもない大馬鹿者が君の運命の相手だということもあり得るからね。もっと器量は大きくしておいた方がいい」


 同じ男だからか、横尾くんはやけに重方の肩を持つ。

 そんな間抜けが私の運命の相手だったらどうするだろう。

 その運命を私が受け入れられるかは怪しいところだ。



「ちなみにその妻は結局重方が死ぬまで寄り添ったそうだよ。運命の相手を見つけ出すのはいいことばかりではないようだね」



 私の運命の赤い糸はちゃんと真っ直ぐ伸びているだろうか。

 どうしてか縮れ放題でほつれてばかりな気がしてならなかった。

 


 

 

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