青山くんは喋る、べつにいないならいないでいいと
学校が終わった後、私はいそいそと近所の学習塾に足を運んでいた。
生徒の学力に合った少人数クラス制での指導。受験を間近に控えた私は、今日もここの上から二番目のクラスで講座を受ける。
でも今日は学校で運動会の練習などもあってすでにくたくた。
正直眠すぎて、まるで勉強する気にはならなかった。
「あれ? もしかして
すると頬杖をついて特に何をするでもなく塾講師が教室にやってくるのを待っていた私に声がかかる。
どこか聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには爽やかな微笑を携えるクラスメイトの姿があった。
「俺のこと、知ってるよね? 同じクラスの青山」
青山慎吾。私の所属するクラスでも一、二を争う人気者が私の右隣りに座ってくる。
この塾に青山くんは入っていないはず。どうして彼がここにいるのだろう。
「今日はさ、見学しに来たんだ。そろそろ受験だし、親に一応塾とか入っておいたらどうって言われてさ」
教室で喋ったことなんてほとんどないのに、青山くんはごく自然な雰囲気で話しかけてくる。
さすがトップカースト。初めて会った頃は驚くほど会話するのにぎこちなさを覚えたどっかの左隣りの男子とは大違いだ。
「とりあえず塾の人にお試しで講座受けて行きなよって誘われたから、今日は一コマ分だけ受けてくつもり」
そうだったんだ。なるほど。
でも青山くんはたしかかなり成績がいいはずだ。学年でも一桁に入るくらいに。
わざわざ学習塾に入る必要なんてない気もする。
「買い被り過ぎだって。俺、たしかに学校のテストは結構いい点取れるけど、受験はまた別だよ。実際外部で模試とか受けたけど、学校のテストほどはよくないから」
私はちょっと感心してしまう。
もし私だったら学校のテストであれ程の点数が取れたら、それはもう余裕をぶっこいて塾なんて行かないだろう。
勝手にもっと軽い性格の人かと思っていたけれど、意外に慎重で思慮深い人のようだ。むしろこういう性格だから色々な人に愛されるのかもしれない。
「でもよかった。本田さんがいて。やっぱり知ってる人が誰もいないと寂しいし。本田さんはこの塾長いの?」
いや、私も春休みからだからわりと入ったばっかりだよ。
三年生になる直前に自分一人では受験勉強が出来ないと判断した私は塾に入ることを決めた。
なのでまだここの塾に通い出してから二ヶ月ほどしか経っていない。友達もまだほとんどつくれていなかった。
「そっか。春からか。ここの塾、他に四中生いないの?」
いるような気がしないこともないけど、私たちと同じクラスの子はいないと思う。
私がそう返すと、青山くんはふーんと言って、何かを思案するような表情をした。
ちなみに彼の口にした四中というのは私たちが通う中学校の略称のことだ。
「てっきり横尾とかいるのかと思った」
え? 横尾くん? いやいないけど。
青山くんからいきなり横尾くんの名前が出てきて驚く。
どうしてここで横尾くんの話が出てくるのかさっぱりわからなかった。
「ほら、本田さんと横尾って、あんまり共通点なさそうなのに仲良いからさ。てっきり塾が一緒だったりするのかなと思ったんだよ」
私と横尾くんの共通点。言われてみればクラスが同じで、席が隣り同士ということ以外にはないように思える。
というかそもそも私と横尾くんってそんなに仲良いのかな?
私は初めて横尾くんと喋った日を思い出そうとする。
「まあべつにいないならいないでいいんだけどね」
あ、そろそろ始まるね。ちょっとわくわくしてきた。そんな事を言う青山くんの視線を追うと部屋に入ってくる塾講師の姿があって、私もそこで記憶を探るのをやめ、ペンに手を伸ばして義務ではない教育の時間に備えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます