横尾くんは語る、男は初恋を忘れられないと
なんと我がクラスの担任である川谷先生が結婚するらしい。
お相手は小学校の頃からの幼馴染で、いわゆる初恋の人だという。
毎日誰かが付き合ったり別れたりするこのご時世で、幼い頃からずっと一人の相手を一途に想い続けるなんて素敵な話だ。
「初恋の相手との結婚か。男の僕からすれば男性冥利につくといったところだが、女性からするとどうなのかな? 君も初恋の相手と結ばれたいと思ったりするのかい?」
クラス全体が祝福ムードでちょっとしたお祭り騒ぎになっている中、横尾くんも若干興奮しているのかいつもより心なしか声が高い気がする。
初恋の相手かぁ。私の初恋は絶対実らないから、川谷先生を羨ましいとは思うけど、私も川谷先生みたいにとは思わないかな。
私はすっかり忘れていた懐かしい記憶を思い返す。私の初恋の相手はいったい幾つ年上だったのだろう。ネットで検索すればわかるとは思うけれど、あえて今更調べようとは思わない。
我ながらませた小学生だったなと笑ってしまうだけだ。
「絶対に実らない? それはいったいどういう意味だい? まさかその人はすでに……」
いやいや、べつに死んでるわけじゃないよ。でも凄い遠くにいるから、たぶんもう会えないだけ。もし会えても私の想いは届かないし、届けようと思ったこともない。
私が意味深な言い方をしたせいで、横尾くんはちょっと気まずそうな顔をしている。大丈夫だから、気にしないでと告げると横尾くんは神妙な顔で頷いた。
ちなみに私の初恋の相手の名前は五代くんという人だ。当時テレビで放映されていた仮面ライダーの主人公で、役者のオダギリジョーが演じていたことをよく覚えている。
でも私が好きだったのは五代くんであってオダギリジョーではないので、私の初恋が実ることは何があってもありえないというわけである。
「ま、まあ、女の人の恋は上書き保存といって、新しい恋をすると昔の恋のことを忘れられるというし、君も早く新しい恋を見つけるといい。あ、い、今のは別に、早くその初恋を忘れろと言っているわけではなく、今はどうしても忘れられなくとも、いつか必ずその傷を癒してくれるような人が現れると言っているわけであって、だからその、なんというか……」
だから大丈夫だって。ご心配どうも。横尾くんの言う通り早く新しい恋を見つけることにするよ。
いったい何を慌てているのか、横尾くんは珍しくしどろもどろになっている。
まさか私の初恋の相手が現実には存在しない人間だとは思っていないだろう。横尾くんは明らかに勘違いしている様子だったけれど、なんか面白いので私は彼の誤解をそのままにしておく。
「そ、それに、女の人と違って、男は初恋を忘れられないんだ。男の恋は名前付き保存。だからもし僕の初恋が実らなかったら、僕は生涯をかけて落ち込み続けるだろう。それはもう君の傷心なんて比じゃない。だから安心するといい。君より僕の方が傷つく自信がある」
横尾くんは慰めているんだかよくわからない言葉を捲し立てている。
初恋が実らなかったら、なんて柄にもない仮定をしていて微笑ましい。彼女をつくれないのではなく、つくらないだけとか言っていた口はどこにいったのやら。時々彼は自分の主張がぶれることがある。
じゃあもし横尾くんが初恋をしたら、その時はこっそりでいいから私に教えてね。今回のお礼に、今度は私が慰めてあげるから。
私は横尾くんに少しだけ顔を近づけて囁くように話す。
すると彼は呆れたような顔を一瞬したけれど、すぐにいつもの飄々とした表情に戻した。
「なんで僕も君と同じ様に初恋が実らない前提で話すんだ。まったく君って奴は失礼な人だよ本当に」
たしかにそうだね、なんかごめん。私がそう言うと、横尾くんは笑いながら反省した方がいいと憎たれ口をきく。
だけど私は心の底から横尾くんの初恋が実ればいいなと思ったし、そんな彼の初恋の相手になる人がちょっとだけ羨ましかった。
だって横尾くんは、私と違って初恋を忘れられないみたいだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます