横尾くんは語る、私は本当は右利きなんじゃないかと

 朝登校してからというもの、なんだかずっと隣りの席の横尾くんの様子が変だと思っていた。

 しかし髪型はいつも通りのよくわからない無駄に分け目をきっちりとした七三風ヘアーで、特別見た目に変化はない。

 普段より若干大人しめな気がしないでもないけれど、一度喋り出すとうるさいだけで元々口数が多い方でもない。

 今日は私と横尾くんはおはようの挨拶くらいしか交わしていないが、これもべつに初めてのことじゃなかった。

 私の学校での会話の内訳は美咲が六割、他の友達が三割、横尾くんが一割くらいなので、一日まともに喋らない日も時々ある。

 ではこの横尾くんから感じる違和感はなんだろう。

 私は数学の授業もそぞろに、左隣りの横尾くんを注意深く観察する。



「……おい。さっきからじろじろこっちを見て、いったい僕に何の用だい? 用がないなら授業に集中するべきだろう」



 あ、わかった。

 不審そうな目つきでこちらを向く横尾くんを見て、私はついにその違和感の正体に気づく。


 今日ずっと感じていた変な感じは、横尾くんの左手にあった。


 数学の授業を真面目に聞き、ノートを取っているであろう横尾くんは左手にシャープペンシルを持ち、右手はポケットにしまい込んでいたのだ。

 私の知る限り彼は右利きのはずだった。


「ああ、たしかに僕は本来右利きだけれど、これにはちょっとばかり理由があってね」


 横尾くんは利き手とは異なる手で文字を書いていることを素直に認める。

 しかしそれは本人の意志ではなく、そうせざるを得ない理由があるらしかった。


「というより僕のペンを持つ手がいつもと違うことに君が気づいたことに驚きだよ。君はもっと鈍い人だと思っていた。ああ、そういえば君は左利きだったね。左利きの人は他人の利き手に敏感なのかな」


 鈍いってなんだ。失礼な。

 私がくるくると左手でペン回しをしていると、横尾くんは納得と言わんばかりに頷く。

 ちなみに至極どうでもいいことだけれど、私は文字を書くのは左手だが箸を持つのは右手の変わり種だ。これを両利きと呼ぶのかどうかは知らない。


「僕が左手を使ってるのは大した理由じゃないよ。ただ軽く捻挫をしただけさ。きっと明日には元の右利きに戻っている」


 それでどうして左利きになってるの、と私がきくと横尾くんはポケットから右手を出してこっちに見えるようにした。

 彼の右手は人差し指と中指がテーピングでぐるぐる巻きされていて、軽く捻挫というにはあまりに痛々しい姿になっていた。


「僕はこう見えて器用だからね。左手でも読める程度の文字は書ける」


 いや、あの、そういう問題じゃなくてそれ本当に捻挫? 病院とか行ったの?

 文字がかけないレベルの捻挫と聞くとさすがの私も心配になる

 それに案の定病院には行っておらず、手当も自分でやったという。


 もう仕方ないな。ほんと意地っ張りなんだから。


 心優しい私は横から横尾くんのノートをひったくると、ささっと左手でメッセージを書き、彼の机に戻す。


“代わりに横尾くんの分もノート取っておいてあげる”


 私からのメッセージを見たらしい横尾くんは、驚いたように普段はほとんど常に流し目状態の目を見開いている。

 そして彼は左手に持っていたペンを筆箱の中にしまうと小さく笑う。



「なんだこの汚い字は。君も本当は右利きなんじゃないか?」



 おーけー、いいでしょう。本物の左利きの力を見せてあげます。


 横尾くんを見返すために、私は普段以上に授業に集中し、完璧に均整のとれた文字列を机から引っ張りだしたルーズリーフに黙々と書き込んでいくのだった。


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