横尾くんは語る、おかえりと
賑やかな喧騒の中に、ほんの少しのもの寂しさが混ざっている。
なぜかいつもより広く感じる教室で、私は今年初めて顔を合わせるクラスメイト達と挨拶を交わし合っていた。
「あー、とうとう冬休み終わっちゃったねぇ」
「なんだか信じられないですよね。あと二ヵ月後には卒業だなんて」
今こうやって目の前で談笑している、美咲と渡辺さんとこうやって同じ教室で過ごせる時間ももうそれほど多くない。
二人とは志望校がそもそも違うから、卒業した後は会える頻度も減ってしまうはず。
あんまり想像したくないけれど、高校に入って新しい友達をつくったら、私のことなんて忘れてしまうかもしれない。
ああ、ダメだ。
やけにネガティブな気分になってしまう自分が嫌になる。
「だよねー、なんか休み明けなのに、なんとなくクラスの皆もダウナーっぽい雰囲気だし。ほら、あの鈴井すらなんか元気ないよ? いつもだったら青山とイチャイチャしてるのに、今日は珍しく絡んでないし」
「ほんとうですね。やっぱり青山くんも受験だし、鈴井さんも気を遣ってるんですかね?」
自分の席で頬杖をつく鈴井さんを見て、美咲と渡辺さんは不思議そうな表情をしている。
いつも一緒のはずの青山くんは男友達と談笑していて、鈴井さんのことを気にかける様子はない。
私にはそんな二人の去年までとは違う、若干ぎこちない空気感の理由を知っていたけれど、それを口にする気になれなかった。
だってもし、それを口にしたら、なんとなく他人事じゃなくて、自分のことになってしまうような気がしたから。
「はい。皆さん、席に着いてください。冬休みが終わってキリがいいので、これから席替えをしたいと思います」
やがて担任の川谷先生が教室に入ってくると、おもむろに黒板に数字を書き連ねていく。
途端に、私の心臓が脈打ち始める。
自然と手に力が入って、全身が緊張してきてしまう。
「でも今回は最後の席替えなので、基本的に自由席にしようかなと思っています。ただ男女がそれぞれ固まってしまうとうるさくなってしまうと思うので、同性同士で隣りになることは避けるからね!」
自由席という響きに、クラス中が色めき立つ。
受験、卒業、と重苦しい雰囲気になりがちだったところに、仲の良い友達と近くの席で過ごせるようになる川谷先生の粋な計らいは、きっと私以外の皆にとっても嬉しいことなんだろう。
「それじゃあ、さっそく男女で別れて、それぞれ席を相談して決めてくださーい」
川谷先生の掛け声に合わせて、教室の両端にそれぞれ男子と女子が集まり出す。
私は思わず、男子の方の集まりに飲み込まれる一人の少年の方を見てしまう。
まだ今年に入って、彼とは直接言葉を交わしていない。
「やったね、メグ! これでうちら近くの席に座れんじゃん!」
謎にショルダータックルを繰り出してくる美咲はとてもご機嫌そうだ。
こういった時に、迷わず私のところに来てくれるのは本当に嬉しい。
あんまり本人に言うことはないけれど、私はいつも彼女に助けられている。
「渡辺さんも一緒の席にするでしょ? どうする? どこらへんに座る?」
「ありがとうございます。どこがいいですかね。私はそこまでこだわりはないですけど」
渡辺さんも加えて三人で、私たちはどの辺りに座ろうか考えることにする。
でも正直、私はもうどこに座るかとっくのとうに決めていた。
……私、ここがいい。
迷わずに私は一つの席を指さす。
もちろん確証はない。
私がここを選んだからといって、あの人も選ぶとは限らない。
だけど私にとって座りたい席は、たった一つしかなかったんだ。
「うん? ここ? べつにいいけどなんでメグはここが……あー、なるほ。うわー、まじでメグそっちルート行くのかー。メグって変わり者だね。ま、変わり者同士お似合いか」
さすが私の親友。
すぐに美咲は私がどうしてその席を選んだのか見当をつけたとうだけれど、恥ずかしさも相まって私はなにも言わないでおいた。
「私はどこでもいいですよ。メグさんがそこに座りたいなら、私もその辺りでいいです」
渡辺さんの了承も得て、私たちは座る場所を決定する。
他の女子たちにも確認をしたけれど、他にその席に座りたがる子は誰もいなかった。
もっとも、いたとしても譲る気はさらさらなかったけれど。
「はーい。それじゃあ、男子も女子も席が決まったみたいなのでそれぞれ移動してくださーい」
川谷先生の合図に従って、私たちは席替えを始める。
たった今、決めたばかりの席にそれぞれ動いていく。
もし、この選択が無意味だったらどうしよう。
僅かな不安も一緒に連れて、私は新しい席に戻っていく。
だけど、皆が動き回っていく中で、たった一人だけ席に座ったまま動かない人がいて、私はその姿を見て心の底から安堵する。
「……おかえり、と言った方がいいかな?」
ただいま、って言うべきなら言ってあげるよ。
ほんの一瞬だけ驚いたような表情を見せた彼に、私は自分でも懐かしく思える軽口をかける。
隣りの席の横尾くんは、いつだってそこにいた。
そして隣りの席に横尾くんがいるから、私はここに来たんだ。
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