木下くんは蹲る、振られたと



 塾の冬期講習が終わった帰り道、冷たい夜を私はゆっくりと歩いている。

 大きさや明るさの異なる星々は、今日も満天を照らしているけれど、不勉強な私は星座とかには詳しくないので見分けることができない。

 もうじきに冬休みが終わって、最後の中学校生活が始まる。

 ここ最近決めたある覚悟を胸に、私は早く学校に行きたいような、行きたくないような不安定な心を揺らしていた。



 ――トンっ、トンっ、トンっ。



 するとその時、通りかかった公園の方から、リズミカルな音が聴こえてくる。

 私の心にさざ波を立てるその音。

 淡い期待を抱き、私はおそるおそる公園の方に歩みを進めてみる。



「……あれ? お前、俊平の隣りの本田か」



 しかし私の期待は裏切られ、そこにいたのは想像したような人じゃなかった。

 だけど完全に的外れというわけでもなく、私の想像していた人物と親交の深いノッポな少年で、その少年は地面を転がっていたサッカーボールを拾うとこちらを物珍しそうに見つめてくる。

 木下優馬きのしたゆうま

 横尾くんと同じサッカー部で、鈴井さんの元彼である木下くんとこうして顔を合わせるのはけっこう久々だった。


「こんな夜遅くになにしてんだ? 俊平に心配されるぞ?」


 な、なんでここで横尾くんの名前が出てくるのよ。

 私は木下くんからの不意打ちに動揺する。

 覚悟を私が決めたのはけっこう最近なのに、バレてるということはないはず。

 平静を装う私は、ふつうに塾の帰り道だと説明する。


「あー、そっか。今、忙しい時期か。俺はサッカー推薦だからな。まあ、この自主練が受験勉強みたいなもんだぜ」


 ジャージ姿の木下くんはどうやら、サッカーで高校の推薦を貰っているらしい。

 すごい。羨ましいというのは、ちょっと失礼かな。

 でも木下くんがサッカー推薦ということは、横尾くんもそうなのかな。


「俊平は一般受験だよ。あいつが目指してる高校はべつにサッカー部強いところじゃないからな。もったいねーなって思うけどよ、あいつにはあいつの夢があるみたいだからな」


 だけど横尾くんは私と同じように、普通に受験するようだ。

 そういえばいつかの時に、サッカー選手じゃなくて、翻訳家になるのが夢だと語っていた気がする。

 語学とかそういった方面に強い高校を目指しているのかもしれない。


 トンっ、トンっ、トンっ。


 またふいにリフティングを始めた木下くんは、ボールもろくに見ずに何かを考えるように口を噤む。

 こうやって木下くんと喋ることも、去年の私には想像もつかなかった。

 来年の私は、いったい誰と喋っているのかな。


「……寧々はどうだ?」


 ボールを宙に蹴り上げながら、木下くんは鈴井さんの近況を尋ねてくる。


 元気、だと思う。最近会ってないからわかんないけど。


 冬休みに入ってから鈴井さんには会ってないので、適当なことしか答えられない。


「元気、か。その感じだと、お前は聞いてないんだな。そっかぁ、じゃあ、なんであいつは俺にわざわざ……」


 トン、とボールが地面を転がっていく。

 うずくまるような格好をして、木下くんはボールを拾い上げようとする。

 でもその姿勢のまま彼はしばらく動かない。

 いや、きっと動けなかったんだろう。



「……あいつさ、振られたらしいぜ。青山慎吾って奴に告って、ダメだったらしい」



 この時、木下くんがどんな表情をしていたのか、私は知らない。

 蹲るような格好をしていたせいで、見ることができなかった。

 

 ただ、彼は教えてくれるだけ。


 叶わない想いもあるということを、ただ私に教えてくれるだけだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る