渡辺くんは贈る、遠回りをした激励を
時が過ぎるのは早いもので、とうとう志望校に出願も終えてしまって、あとはもう入試本番を迎えるのを待つだけだ。
席替えをした結果、私の左隣りは再び横尾くんになったのだけれど、やっぱり入試前ということもあって、やや気を遣ってあまり喋れないでいた。
でも変に焦って、困らせてもいけないよね。
開いた過去問のページは、さっきからまったく進んでいない。
「そういえば君には、妹がいたはずだよね?」
びくんっ、と肩が震える。
声をかけられた方を見ると、横尾くんが思案気な表情で私を見つめていた。
うん。二つ下の妹がいるけど、それがどうしたの?
声が変に裏返らないようにしながら、言葉を返す。
しばらく席が離れていたせいか、まだ少しブランクがある。
横尾くんの方はわりとこれまでと変わらない様子で、ちょっとだけ残念な気持ちになる。
「いや、廊下の方からちらちらとこちらを見てくる女子生徒がいるんだけれど、なんとなく君の面影を感じてね……」
え? こっちを見てくる女子生徒?
横尾くんが視線を送る方へ私も顔を向けてみる。
すると、たしかにそこには顔を半分だけ出した妹の静の姿があった。
なにやってんのよ、あの子は。
なんとなく恥ずかしいも気分になった私は、慌てて静の方へ向かう。
「あ、お姉ちゃん。お疲れ」
いやいや、お疲れじゃないから。私に何か用?
とくに悪びれた様子もない静は、まだ私のクラスをきょろきょろと見回していた。
どうやらべつに私に用事があるわけではないみたい。
「あのさ、前にきいたと思うんだけど、お姉ちゃんって横尾俊平って人と同じクラスなんだよね?」
横尾くん? う、うんまあ、同じクラスっていうか、ちょうどいま私の隣りの席に座ってるのが横尾くんだよ。
予想外に横尾くんの名前が出てきてドギマギする。
言われてみれば、いつかのタイミングで横尾くんについて静が訊いてきたことがあった気がする。
その時はたしか、静のクラスメイトの男子がサッカー部で、横尾くんのファンみたいな話だったはずだ。
「あー、あの人か。隣りならちょうどいいや。横尾先輩に渡してもらいたい物があるらしいんだよね」
あるらしい、なんて妙な言い回しをする静に不思議がっていると、私はやっとこの教室までやってきたのが静一人だけじゃないことに気づいた。
「ほら、
静の後ろにすっぽり姿が隠れていたので気づかなかったけれど、おずおずと見知らぬ少年が顔を出す。
女子生徒かと思うほど小柄で、白縁眼鏡が可愛らしいその少年は、緊張しているようでもじもじとしている。
「あ、あ、ど、どうも初めまして。ぼ、ぼくは
あ、どうも。初めまして。
渡辺くんは見た目通りかなり礼儀正しく、シャイな性格のようだ。
けっこう無神経なところのある我が妹とつるんで大丈夫かと心配になる。
「そ、その、大変差し出がましいお願いではあると思うんですけど、もし可能であれば、これを横尾先輩にわ、渡して頂けないでしょうか……?」
あ、はい。いいですよ。
ぷるぷると極寒の地にでもいるのかと震える渡辺くんから、私は一通の手紙を受け取る。
なんだろうこれ。まるでラブレターだ。
「あ、ありがとうございます! じゃ、じゃあ僕はこれでっ!」
私に手紙を渡した瞬間、凄まじい勢いで渡辺くんはその場を走り去っていった。
いったいなんだったんだろう。というかすぐそこに横尾くんいるんだから、本人に直接渡せばいいのに。
「ごめんね、お姉ちゃん。あの子、わたしの隣りの席なんだけどさ、ずっとあの手紙を渡そうとしては諦めるのを夏休み明けたぐらいから繰り返してて、さすがに見てて鬱陶しくなってきたからむりやり連れてきちゃった。じゃあ、そういうわけだから後はよろしく」
そして静にしては珍しく疲れたような溜め息を吐くと、そのまま渡辺くんが走り去って行った方に消えていった。
他人のことなんてめったに気にしない静にあそこまで面倒をみさせるなんて、ある意味渡辺くんは大物かもしれない。
というか、あの子、誰かに似てる気がするんだけど、誰かな。
なんとなく既視感を抱きながら、教室の中に戻っていく。
「……ん? なんだいそれは? 君の妹さんからかい?」
ううん、違うよ。渡辺くんって子から。
私は自分の席に辿り着くと、渡辺くんからの手紙をそのまま渡す。
横尾くんはすぐに手紙の中身を見ると、不思議そうに眉を曲げていた。
「ああ、サッカー部のあいつか。……受験がんばってください、応援してます? でもなんだこれ。わざわざ手紙にするような内容だとは思えないけれど……というかなんで君を経由して? 直接、僕に渡せばいいのに」
まっすぐに想いを伝えるのって、案外難しいことなんじゃない?
私がそう言うと、横尾くんは少しだけ納得したように表情を緩める。
「たしかに、それはその通りかもしれないね。……いい激励になったよ」
遠回りしても、渡辺くんはちゃんと届けてみせた。
横尾くんの右隣りに座る私は、まだ立ち止まったままだ。
私もそろそろ歩き始めないと、間に合わなくなってしまうなって、そう思う。
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