横尾くんは語る、余計なお世話かもしれないけどねと


 あっという間に今年も十二分の一が過ぎて、あと二週間ほどでいよいよ高校入試の日となってしまった。

 追い込みの時期ということで、さすがの私も段々とプレッシャーを感じ始めている。

 でも左隣りを見てみれば、そこにはいつもとあまり変わらない様子の横尾くんがいて、私は少しほっとする。

 ここ最近、横尾くんは私の精神安定剤となっていた。



「あー、つかれたー! もううち勉強したくなーいい! 横尾! なんか面白いこと言えよ!」

「鏡でも見るといい。そこには最上級のコメディが映り込むことだろう」

「は? どういう意味? まじぶっころなんだけど?」



 この辺りの時期になって増えてきた自習の時間。

 私の一つ後ろの席に座る美咲が集中力を切らしたのか、ぴーぴーと情けない鳴き声を上げ始めた。


「メグー、横尾がムカつくー。メグから叱ってやってよ。それが一番効くんだから」

「彼女の邪魔をするな。君のようなぼんくらと違って、真面目に勉強しているんだ」

「え、なに彼女って? 横尾の分際で彼氏気取り? ウケんだけど」

「ば、ばか! そういう意味で言ったんじゃない。国語の偏差値が一桁くらいしかないのか君は?」

「うっさい。だいたい横尾だってうちとそんなに成績変わんないじゃん。ばーかばーか」

「相変わらずの語彙力だな。僕の英語より君の日本語の方が下手なんじゃないか?」


 もう、二人ともいい加減にしなよ。周りの人に迷惑でしょ?

 二人ともけっこう声が通る方なので、他のクラスメイト達の邪魔にならないか私は心配する。


「まったくこんな奴のどこがいいんだか……あ、そういえば今年の公立の入試の日ってさ、バレンタインデーだよね。メグはどうすんの?」


 へっ!? え、な、なにが?

 不意打ちが得意な美咲は、ニヤニヤとこちらを見ている。

 この親友ほんとに許すまじ。


「まー、チョコとか用意してる場合じゃないか。メグってそういうタイプでもないし。残念だったね横尾」

「な、何の話だ。べつに僕はそんなもの期待していない」


 私としたことが、全く気づかなかった。

 今年の入試の日とバレンタインが被ってたなんて。

 どうしよう。やっぱり渡した方がいいのかな。

 べつにそこで勝負をかけるわけじゃないけど、一応やっぱ渡すべきだよね。


「だけど、チョコレートのカカオに含まれるポリフェノールには、気持ちを落ち着かせ、不安を軽減させる効果があるらしい。入試の当日には幾らか食べてみるといいかもしれない。君はあんまりあがり症といった印象は受けないから、余計なお世話かもしれないけどね」


 すると隣りの席の横尾くんは、ちょっぴり恥ずかしそうにしながら教えてくれる。

 バレンタインでもある入試の当日、私が自分自身のためにチョコを食べればいいと、アドバイスしてくれる。

 それがたまらなく嬉しく、愛しく思う私は手作りとはいかないけれど、準備をすることを決めた。



「いや横尾それめっちゃ期待してんじゃん」

「だからしてないって!」



 大丈夫、期待してていいよ、とは言えなかったけれど、本当にそう思ってる。

 横尾くんのおかげで、嫌なだけだった入試の日が少しだけ楽しみになった。


 

 

 

 

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