藤森は感謝する、もしいなかったらと



「あ、本田先輩」


 第一志望の高校入試が二日後に迫った日の放課後。

 さすがに直前ということもあって、もう今更じたばしたって仕方がないと若干開き直りつつある私は、凛とした声に呼び止められる。

 見てみればそこには演劇部の後輩の藤森千亜希ふじもりちあきがいた。

 部活を引退してから、めっきり会うことがなくなっていたので、ちょっと懐かしい感じがする。

 あと少しで、彼女ともきっともう会えなくなる。

 寂しいなって、思う。


「これから帰りですか?」


 そうだよ。まあ塾だから正確にいえばまだ帰りじゃないけどね。

 私が笑ってそう言っても、藤森後輩は真面目な表情を一切崩さない。

 なんだろう。絡みづらい先輩とか思われてるのかな。


「そう、ですか。受験の方はどうですか?」


 いつ見ても変わらないベリーショートの髪は、冬の風に踊らされている。

 きりっと見開かれた瞳からは、いつだって綺麗な黒目が覗いていた。


 一応私立の滑り止めは受かったよ。本命の公立はこれからだけど。


 少し前に受験した私立校は無事合格していた。

 これは本当のこと。見栄はってるわけじゃないよ。


「どこ受けるんですか?」


 私は素直に第一志望の学校名を伝える。

 まだ中学一年生の藤森後輩が知っているかはわからないけれど。


「カマガクですか。そういえば、実はけっこう本田先輩頭良いんでしたね」


 藤森後輩はなぜか、残念そうな、悲しそうな表情をみせる。

 どうして彼女がそんな顔をするのかわからない私は、間抜けに棒立ちすることしかできない。


「カマガクだと、ちょっとあたしじゃ難しいかもしれないですね……」


 え? どういう意味?

 どうして藤森後輩が私の第一志望を受けるような話になってるんだろう。

 まだ彼女には二年間も残されているし、わざわざ私と同じところを受ける必要はまったくない。


「……受験が終わったら、もうすぐ卒業ですもんね」


 私はそこではっとする。

 いつも勝ち気で、自信満々な藤森後輩が、今にも泣き出しそうな顔をしていることに気づいたからだ。


 そっか。寂しいなって思ってるのは、私だけじゃなかったんだ。


 いやらしい性格かもしれないけど、私は思わず嬉しくなる。

 そっと私は藤森後輩に近づくと、ぎゅっと抱きしめてあげた。


「あたし、感謝してます。もし本田先輩がいなかったら、たぶん部活でも浮いてたと思うし。あたし、生意気でしたよね。なのに本田先輩はいつも優しかった。ごめんなさい。ありがとうございました」


 生意気だなんて、思ったことないよ。

 どんなに強気に振る舞っていても、どうやら藤森後輩も中学一年生の女の子みたいだ。


 ありがとう、千亜希ちゃん。


 こんなに可愛らしい後輩をもてて、私は幸せ者だ。

 感謝するのは、きっと私の方。



「あたし、本田先輩のこと、大好きでした。いなくなっちゃうなんて、寂しいです」



 私も千亜希ちゃんのこと、大好きだよ。

 どこまでも純粋な言葉に、私は真っ直ぐと返事をする。


 もう冬の終わりが近い。


 春の訪れは、必ずしも暖かいものではないんだと、私はちゃんとわかっていた。

 

 



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