横尾くんは語る、もう隣り同士じゃなくなっていると
なんだか頭がぽーっとしている。
今はちょうど二月十四日の午後。
ついに第一志望の入試が終わって、その帰り道の電車に揺られているところだ。
できるだけのことはやった。
これでもしだめだったら、両親には悪いけれど私に悔いはない。
ずっしりと肩にのしかかっていたものが全部なくなって、解放されたような気分。
合否の結果発表まではあと二週間くらいあるけれど、きっとそれもすぐに過ぎ去るだろう。
今日はとにかく、全てを忘れていっぱい眠りたいと思う。
〔君は今どこにいる? 僕はもう到着しているよ〕
線のように流れていく窓外の景色から目を離して、ケータイの画面を覗き込む。
入試が終わった後に、私が真っ先に連絡した相手は両親でも親友の美咲でもない。
そしてどうやら、その人から返事がきていたようだ。
〔私もそろそろつく~〕
簡単な言葉を返す。
話したいことは沢山あったけれど、文字で伝えるのはなんだか味気ない気がしていた。
やがて電車の慣性が消え、抽象的だった街の景色が鮮明に変わる。
私はくたびれた首と肩を回すと、ふっと一息吐いて立ち上がる。
あの人を待たせている。
少しだけ早歩きで、私はホームを抜けていった。
「おつかれさま、と言うほど疲れてはなさそうだね」
改札口を通り抜けると、すぐ声をかけられる。
私に小さく手を振るのは、首にマフラーを巻いた横尾くん。
学校の外で見る横尾くんは、いつも少し大人びてみえた。
「手応えは?」
まあ、なくはないかな。
並ぶようにして歩き出す私と横尾くん。
なんだかんだで学外でこうやって二人っきりでいるのは、初めてかもしれない。
自分から誘っておいて、いまさらながらに恥ずかしくなってくる。
「そっか。ならよかった。君なら大丈夫だよ。僕はずっと君の隣りにいたから、知ってるよ。君は報われるに相応しい努力をしてきた」
あ、ありがと。
入試が終わって、心が軽くなっているのか、いつもにまして今日の横尾くんは優し気だった。
そんな風にまっすぐ優しい言葉をかけられると、目頭が熱くなってきちゃうじゃない。
「……これは?」
目元を一度こすってから、湧き上がる気持ちを誤魔化すようにして、私は鞄から包みを一つ取り出す。
本当は朝に渡した方がよかったね。
照れ隠しにそう言って、私は横尾くんに押し付ける。
「……ありがとう。入試で疲れた脳には、糖分補給が一番さ。まあ、もっともしばらくの間頭を使うことなんてないけれどね」
私からのプレゼントを自分の鞄の中にしまうと、今度は横尾くんが袋を出して、私に渡しつけようとする。
え? なにこれ? 今日はバレンタインデーだよ?
おかえしするには一ヵ月くらい早い気がする。
だけど私がそう言っても、横尾くんは寂しそうに笑うばかり。
「わかってるよ。でも今のうちにもう渡しておきたかったんだ。だって一ヵ月後には僕ら、もう隣り同士じゃなくなっているだろう?」
ああ、そうか。
もう、終わっちゃうんだ。
横尾くんのマフラーを揺らす、冬にしては強い風。
春の気配は、もう遠くない。
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