静は探ってくる、そんなの前から持ってたっけと



 手元にオウサマペンギンを抱いて、その一見ぼんやりとしてそうで実は結構鋭い目と見つめ合う。

 学習机の上に置かれた時計はもう夜の十一時を回っていて、あと一時間もしないうちに今月と今年が同時に終わることを示していた。

 


「おっすー、お姉さん。入るよー」



 特に何をするでもなく、今年最後の一時間を無駄に過ごす私の下に、妹の静がやってくる。

 上下ジャージ姿で、普段よりやぼったい雰囲気の静はこんな寒い季節にアイスバーを頬張っていた。


「なにその変なペンギン。そんなの前からお姉ちゃん持ってたっけ?」


 静も静で暇を持て余しているのか、退屈な年越しに喋り相手を求めてやってきただけらしい。

 私の胸元で大人しくするペンギンをつつくと、あ、意外に柔らかい、と興味深そうに目を丸くしていた。



『メリークリスマス。今日は来てくれてありがとう。お詫びというか、お礼というかわからないけれど、これを君にプレゼントするよ』



 約一週間前のクリスマスの日を思い出し、私は少し頬が熱を帯びるのを感じる。


 これさ、クラスメイトがくれたんだ。


 ソフトビニールで出来たこのオウサマペンギンのフィギュアは、あの日から私の大切な宝物になっていた。


「貰い物なの? へー、お姉ちゃん並みの謎センスだね。このペンギンリアル過ぎてちょっと気持ち悪いし」


 えー、可愛いじゃん。顔と首のオレンジが夕焼けみたいで綺麗だし。

 私は気の合わない妹に反論する。

 私たち姉妹は顔は似ているけれど、性格に関してはそこまで似ていない。

 両親は、私たちは二人ともいつもぼーっとしていて何を考えているかわからないと言うけれど、それは私と静も互いにそう思っていた。


「まあ、なんでもいいけどさ。というかお姉ちゃん、このあと初詣行く?」


 風邪とか引いたら嫌だし、昼間でいいかな。

 毎年気分で、真夜中に初詣に行くこともあったけれど、今回はやめておくことにした。

 きっと私はどこかで思っているんだ。

 今年が、今が、終わらないで欲しいと。

 年なんて、明けなくていいって、心の奥ではたしかに感じていた。


「そっかー、お姉ちゃん受験生だもんね。あんまり身体に悪いことしない方がいっか。学業祈願の神様がいるところは、家からあんま近くなかったはずだし」


 え、そうなの、と私が訊くと、静は呆れたように苦笑した。

 受験生の私の方が、どこにお参りにいけばいいのかも把握してないなんて、暢気だねと静は露骨に溜め息を吐く。

 私からすれば逆に、受験生でもない静がそんなことに気を遣っているなんて驚きだった。


「ふつう調べるでしょ。学校じゃわたし結構、抜けてるっていうか、ほっとけないタイプって言われるけど、お姉ちゃんに比べたらだいぶマシだね」


 私と同じで、細かいことは全く気にしないたちの人間だと思っていたけれど、案外静にもしっかりしたところはあるみたいだ。

 やっぱり似ているのは顔と雰囲気だけど、中身は全然違う。

 静の方がよっぽどちゃんとしている。

 どちらかといえば私の方が妹っぽいかもしれない。



「あ、そろそろ、年、明けるね」



 静の声に惹かれるように、私は部屋の時計に目を移す。

 針と針が重なって、私の想いとは関係なく、時がまた進み、新しい夜明けがくる。

 

「お姉ちゃん、今年もよろしくね」


 こちらこそ、よろしくね。

 それだけ言い合うと、静は私の部屋から出ていく。


 少し静のアイスバーの甘い香りが残る部屋。


 私は気づけば手元のケータイの画面が点滅していることに気づく。

 何人かの友人から、あけおめの連絡が来ている。

 その中から真っ先に私は一つだけ選び、返信の言葉を考える。



〔明けましておめでとうございます、本田愛さん。卒業までの短い間だけれど、今年もよろしくお願いします〕



 そっか。もう。終わりなんだね。

 

 今年で、卒業だ。


 去年は持っていなかったオウサマペンギンを、もう一度強く抱く。

 それが今の私にできる、精一杯の抵抗。



 簡単な言葉でいいのに、結局私が彼に返信するのに朝までかかってしまった。




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