横尾くんは語る、昔は好きだったと



 見て癒し、触れれば痛い、まるで恋。

 地元の近くにある水族館で見かけた、海月くらげ川柳とかいうものの一節を、ふいに思い出す。

 美咲と高橋くんのカップルと、そして横尾くん。

 同じ中学の同級生三人と私は、中学校生活最後のクリスマスを過ごしている。


「すげー、クラゲってこんなに足が長いんだなぁ。でも毒があるとかまじ怖い。スタイル良くて綺麗なのに、毒があるとかなんかお前みたいだな」

「は? なんなのあんた? もしかしてうちに喧嘩売ってる?」

「えー? 褒めただけだって。ほらほら、このクラゲとか赤くてクリスマスっぽいぞ」

「ちょ、話し逸らすなし」


 アクアパークとかいう比較的新しめな水族館で、それなりに混雑した施設内を私たちは漂っていた。

 美咲と高橋くんのカップルはいつも通り、いちゃついているのか喧嘩してるのかわからないじゃれ合いを楽しんでいる。



「君はこういった場所はよく来るのかい?」



 ぼんやりと特に何を考えるわけでもなく、順路を歩いている私の左隣りから、横尾くんが声をかけてくる。

 水族館が好きなのか、横尾くんはどことなく上擦ったような雰囲気だった。


「僕はけっこう久し振りに来た気がするよ。水族館とか、動物園とか、博物館とか。基本的には好きな方なんだけどね。中々一人では来ようと思えなくて」


 しばらく歩き続けていると、開けた場所につく。

 環状に座席が用意されていて、下がっていったところの中央部に大きなプールがある。

 おそらくイルカショーとか、アシカのショーをするようなところなんだろう。

 

「イルカのショーなんて、最後に見たのがいつだったのかも思い出せないよ」


 小腹をくすぐる、ファストフードの香りを通り過ぎて、さらに奥へと進んでいく。

 すると今度はペンギンの姿が見えてくる。

 何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。

 なんともいえない絶妙な表情で立ち尽くすペンギン達は、改めてよく見るとシュールな面白さがある。


「ここには三種類のペンギンがいるんだね。出身が違うペンギンでも一つの部屋の中で住めるのか。どこで生まれたかは関係ない。そう考えるとペンギンと人間も似たようなものだね」


 二足歩行だし、と続ける横尾くんに私は笑う。

 ペンギンはみんな南極出身だと思っていたけれど、どうやらそういうわけではないらしい。


「あの目元がピンクで腹部に黒い斑点があるのがケープペンギンで、大きいのがオウサマペンギン。足下が黄色いのがジェンツーペンギンだ。この中だったらやっぱり僕はオウサマペンギンが一番好きだな」


 すらすらとペンギンの種類を説明してくれる横尾くんに驚く。


 横尾くんって、ペンギン好きなの?


 私が思わず尋ねると、彼は少しだけ考えるような素振りをみせる。


「昔は、好きだったんだ。でも今は、どうだろう。今、僕が好きなのは……」


 そこまで言って、横尾くんは言葉を切って、私をじっと見つめる。

 人混みの騒音がやけに遠くに聴こえる。

 私は息を飲み、呼吸をするのを忘れて、ペンギンのように立ち尽くす。



「ちょっとぉ! メグ聞いてよ! 光太郎がさぁ――ってあれ?」



 するとその時、後ろから肩を叩かれて、ふっと息を吐き出してしまう。

 慌てて振りかえるとそこには美咲がいて、しまったみたいな表情で頬を掻いていた。


「あっれ。ごめん。もしかしてうちなんか邪魔しちゃった?」

「……べつに大丈夫だ。邪魔もなにもないよ」

「あっそ。ならいいけど」

「ただのペンギンの話をしてただけだよ。好きなペンギンの話を」


 ふーん、うちはペンギンとかあんま興味ないわ、と美咲は口にする。

 思案気な表情を崩さない横尾くんは、じっと三種類のペンギンたちが入った水槽を眺めている。


 私も、オウサマペンギンが一番好きかな。


 そんな横尾くんに、私は遅れて言葉をかける。

 少しだけ驚いた様子の横尾くんは、やがて穏やかな笑みを浮かべる。



「君も好きなのか、オウサマペンギン。気が合うね」



 オウサマペンギンは南極に住んでいるのかときいてみると、横尾くんは違うよと答えた。


 南極よりもう少しだけ、暖かいところに住んでいるらしい。


 今年のクリスマスは、たしかにいつもより少し暖かい気がしていた。




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