横尾くんは語る、私の前にも後ろにもいたくないと


 最近、私の妹が反抗期を迎えた。

 のほほんとしている父似の私とは違って、母の勝ち気なところを妹は元々強く受け継いでいるので、いつかこんな日がくるとはわかっていた。

 だけど実際にその日が来ると、なんともうんざりするものだ。

 というよりうるさい。

 単純に猫の発情期のようなやかましさを感じるので、早急に落ち着いて欲しいと思う毎日だ。



「僕を兄弟にするなら、弟にしたいかい? それとも兄になって欲しいかい?」



 すると左隣りに座る横尾くんから、あまりに唐突過ぎて、なおかつ不可解過ぎる問い掛けが飛んでくる。

 とうとつ夏の暑さに頭をやられてしまったかな。

 私は日本の酷暑に憂いを抱く。今年もさっそく犠牲者が出てしまった。


「たしか君には妹さんがいたはずだよね? その前提条件を加味すると、やはり僕を弟に欲しいかな? 慣れているし」


 いたって真剣な表情で意味のわからない仮定の話を横尾くんは続けていく。

 妹一人すら持て余している私に、これ以上厄介な年下を増やさないで欲しい。


「それとも逆に、兄に欲しいかい? 妹の気持ちも味わってみたかったりするかな?」

 

 なにが逆なのかさっぱりわからないけれど、なぜか横尾くんはなるほどなるほどと勝手に納得している。

 横尾くんは私と比べても、けっこうしっかり者なのだけれど、不思議とまったく頼りにならない。

 どちらかといえばお兄さんタイプではなくて、弟タイプかな。

 

「え? 僕ってそんなに頼りないのか?」


 兄はないわー、と私が言うと横尾くんはちょっとショックを覚えたようで、ボヤボヤっとした眉毛をへの字に曲げていた。

 だいたい、なんでいきなり、兄がどうとか弟がどうとか言い出したの?

 私は純粋に疑問に思う。ザ・一人っ子みたいな横尾くんの中で、空前絶後の兄弟ブームでも来ているのだろうか。


「最近、母に言われたんだ。お前を兄か弟にしてやれたら、もう少しちょうど良い感じにしてやれたかもしれないわね、と」


 ちょうどいい感じ。

 横尾ママの言っていることがなんとなく理解できて、私は思わず笑みを零す。


「いまいち母さんが言っていた言葉の意味はわからなかったけれど、考えてみたんだ。僕にも兄弟がいれば、少しは違った人間になっていたのかと。君が言うには僕は弟タイプなんだったか? 僕に姉、または兄がいる。うーん、正直想像するのが難しいな」


 私も一応想像してみる。

 妹の静の代わりに、弟の横尾くん。

 うん。しんどい。

 横尾くんには悪いけれど、静の方がまだ色々とやりやすそうだ。


「心外だな。僕だって君のような姉がいたら、毎日が気が気じゃないよ。さっき僕のことを頼りないと言ったけれど、その言葉はそっくりそのままお返しするよ」


 ふん、と横尾くんは鼻を鳴らす。

 こうやってすぐムキになるところとか、本当に可愛らしい。

 やっぱりどちらかといえば弟タイプだ。正直ちょっとムカつくけれど。



「それに、やっぱり僕は君の弟にも、兄にもなりたくないね。僕は君の前にも後ろにもいたくない。やっぱり隣りにいるのが一番、気が楽だ」



 ふっ、と横尾くんは今度は頬を緩める。

 やっぱりこの人は私にとって、兄でも、弟でもない。

 私は左隣りに座る横尾くんを眺めながら、この距離が一番ちょうどいいなと思ったり思わなかったりするのだった。 


 

 

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