青山くんは喋る、夏が始まると


 運動会の打ち上げは滞りなく進み、一次会はもう終わって二次会のカラオケへと場所を移していた。

 前の方ではクラスメイトの男子が、流行りのスリーピースロックバンドの曲を熱唱している。

 たしかこれはケータイ会社のCMか何かで使われていた曲だったはず。

 私は広々とした大人数用カラオケルームで、微妙に座り心地の悪いソファに深々と座って時々裏返る男子の声を静かに聴く。



「隣りいい?」



 ふいに私にかけられる穏やかな声。

 隣りを見てみれば、グラスを片手に持った青山くんが中腰になっているところだった。


 うん、いいよ全然。どうぞどうぞ。


 どうやらたった今ドリンクバーから戻ってきたらしい。

 青山くんのグラスに満たされているのは烏龍茶で、コーラをぐびぐび飲んでいる自分が女子的になんとなく恥ずかしくなった。


「本田さんはなにか歌わないの?」


 ちょうど今マイクは男子生徒から美咲にバトンタッチしたところだ。

 ダークな重低音が辺りに響き渡り、美咲が大好きなヴィジュアル系ハードロックバンドの曲が鳴り始めた。


 私は大丈夫。青山くんこそ歌ったらどう?


 実はけっこう私も音楽を聴くのは好きだし、歌うのも嫌いじゃない。

 でも大勢の前で熱唱するのは何となく気が引けるので、私は手元のデンモクを青山くんの方に寄せる。


「そう? なんか遠慮してるように見えるけど?」


 さすがコミュ強。洞察力が高すぎる。

 簡単に心内を見透かされた私は、えへへと意味のわからないニヤケ顔で曖昧に誤魔化す。


「それともあれかな。やっぱり横尾がいないと気が乗らない?」


 え? どういう意味? 

 しかし突然ここで横尾くんの名前が出てきて私は驚く。

 青山くんと違って洞察力の低い私には、彼の発言の意図が掴めない。

 たしかに明日も部活が朝早くからあるという理由で、横尾くんは一次会の終わりと共に帰宅してしまっている。

 だけどそれは私が今ここでカラオケに積極的に参加しない事とは何の関連性もなかった。


「ふーん。本田さん側はそうでもないのかな?」


 青山くんは興味深そうな表情で私を見つめている。

 なんとなく気まずい。

 私は逃げるようにコーラに口をつける。


 「……まあ、いいや。じゃあ、本田さん、これ一緒に歌おうよ。知ってるでしょ?」


 すると慣れた手つきでパネルをタップすると、青山くんは妖し気な微笑を浮かべる。

 私の方に見えるように傾けられた画面には、最近人気が出てきたシンガーソングライターが担当した映画主題歌が浮かんでいた。

 女性ヴォーカルと男性ヴォーカルのパートがそれぞれある、花火を唄った曲。

 私もよく知っていて、わりと好きな曲だった。

 でもカラオケで歌ったことはない。鼻唄くらいならいつも家で奏でてるけど。


「はい。じゃあ、これマイク。ほら、もう次、俺たちの番だよ」


 そして青山くんは私の同意を得ることもせず、マイクを押し付けてくる。

 

 え。うそ。ほんとに私歌うの?


 心の準備がまるでできていない私はとりあえずコーラを飲もうとする。

 しかし知らない間にグラスは空っぽになっていた。

 いつの間に私は飲み干してしまったのだろう。


「次、青山慎吾、行きます。本田さんとデュエットしまーす」


 青山くんは私の右手を取ると、そのまま前の方に連れて行く。

 ヒューというよくわからない歓声と口笛。

 突然のスポットライトに私は目がくらむ。


「いけー! 慎吾ー! 四中のジャスティン・ビーバー!」

「かませー! メグー! 三年五組のスーザン・ボイル!」


 まったく心の支えにならない声援。

 しかしもはや逃げ場はどこにもない。

 私は仕方なく覚悟を決める。

 ここを舞台の上だと思えばいい。

 演劇部の意地を見せてやろうじゃないの。



「ははっ、なんかいいな。夏って感じだ。本田さん、夏が始まるよ」



 私の右隣りで、青山くんが笑う。

 花火が打ち上がっていく中、私はマイクに息を吹きかける。


 部屋を見渡すと、自然と何かを探してしまう。


 だけど、その探し物は見つからない。

 なにか大切なものが欠けているような感覚の中、それでも私の中学校生活最後の夏がたしかに始まっていくのだった。


 

 

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