横尾くんは語る、アウストラロピテクスに箸の使い方を教えるほど寛大ではないと
「今日はいきなりの誘いだったのに、みんな集まってくれてありがとう! それじゃあ、乾杯!」
かんぱーい! という音程様々な声が重なり、同時にグラス同士がぶつかる硬質な音が店内に響き渡る。
青山くんの音頭によって始まった運動会の打ち上げ。
なんだかんだクラスの半分以上が集まったようで、焼肉と寿司、さらにデザートまで食べ放題のすたみなレストランの一角は私たち三年五組の生徒で埋め尽くされていた。
普段の生活では案外出逢わないメロンソーダを喉に流し込みながら、私は一目散に料理を取りに行くクラスメイトたちを見送る。
今料理を取りに行っても混んでそうだ。少しだけ時間をずらそう。
「……で? なんであんたがうちらと同じテーブルにいるわけ?」
「仕方ないじゃないか。他に空いている席がなかったんだ」
そしてせっかくの打ち上げが始まったというのに、開始数秒で私の座るテーブルには険悪な空気が満ちる。
原因はといえば、四人掛けのテーブルで私の隣りに座る美咲と、その向かい側に座る横尾くんにあった。
「うそつき。本当はメグと一緒の席に座りたかっただけでしょ。これだから男子中学生は。欲望に素直過ぎるんだから」
「なんだその失礼な言い草は。僕だって本当は君のような原始人と一緒にご飯を食べたくなんてない。テーブルを人で選んでいたら、間違いなく君のいるここには来ないよ」
「はあ? それちょっとどういう意味? まじムカつくんですけど」
「僕はたしかに文化人だけど、アウストラロピテクスに箸の使い方を教えてあげるほど寛大じゃないということさ」
「うっざ。その顔、態度、言い回し、全部ムカつく。ちょっとメグもなんか言ってやってよ」
私はやれやれと首を振って美咲の言葉をスルーする。
この二人の言い合いに巻き込まれてもろくなことはない。
溜め息を吐いて、うんざりですオーラを発するくらいだ。
「……前から思っていたんですけど、横尾くんと辻村さんって、仲良いですよね。もしかして幼馴染か何かなんでしょうか?」
するとその時、ちょうど私の向かい側に座る、この四人掛けのテーブルを埋める最後の一人、
桜色の縁をした眼鏡から覗く瞳がどこまでも純粋な彼女とは、私は去年も一緒のクラスだった。
いい意味で空気の読めないというか、天然っぽい子で、背がとても小さい。
なんというか守ってあげたくなる感じだ。
「はあ? 誰がこんな奴と幼馴染になるのよ。だいたいまったく仲良くないし」
「初めて意見が一致したな。僕だって君のような幼馴染がいたら、全力で故郷を離れるよ」
「そうなんですか?」
「当たり前」
「当然だ」
阿吽の呼吸で否定の言葉を連ねる二人を見て、渡辺さんは不思議そうに首を傾げていた。
仕草がいちいち可愛い。
健脚コンビのせいで澱んでいった空気が浄化されていくようだ。
「というか横尾、早くご飯取りに行きなさいよ。あんたが邪魔で渡辺さんが取りに行けないじゃない」
「おいおい。その眉毛の下にあいているのはただの空洞かい? 今行ったところで、立って並ぶことになるだけだろう? 渡辺さんは華奢な方だ。もう少し人混みが解消されてから行った方がいい。そんな簡単なことも想像できないなんて。これだからピテ村は」
「はあ? うざ。あんたもしかしてうちのこと馬鹿にしてんの?」
「馬鹿にしてなかったらなんだと思うんだい? 君は馬鹿かな?」
「ぷふふっ、ピテ村……」
「ちょっと渡辺さん? 今の笑うところじゃないからね?」
美咲と横尾くんの噛みつき合いのどこかに、琴線が触れるものがあったのか渡辺さんは口元を抑えて笑いだす。
彼女は一分ほど笑い続けたあと、いちど息を整えたのだけれど、また笑いの波が襲い掛かってきたようでグフグフとお腹を抑えている。
そんな渡辺さんを見て、美咲と横尾くんも毒気が抜かれたのか、二人揃って黙り込む。
渡辺アンドピース。
今日も世界は平和である。
渡辺さんという平和の象徴を眺めながら、私はずびずびとメロンソーダの入ったグラスを空にしていくのだった。
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