横尾くんは語る、目玉焼きに醤油をかける人間には二種類いると
お腹が空いた。
私はさっき見たときから一分も進んでいない時計を眺めると、深い溜め息を吐く。
今日はいつもより起きるのが五分遅かったので、朝ご飯を食べることができなかったのだ。毎日をぎりぎりで生きている弊害として、油断すると時々こういった事態になってしまう。
音の鳴り出しそうな腹を抑えながら、私はひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。
「そういえば今日、僕は朝ご飯に目玉焼きを食べたんだよ」
今日の四時間目の授業である数学は自習。
シャーペンを握りもせず思い思いの時間を過ごす他のクラスメイトと同様、暇を持て余したのか隣りの席の横尾くんが不意に喋りかけてくる。
なにがそういえばなのかさっぱりわからなかったけれど、気を紛らわすのにちょうどいいと私は彼の方に顔を向けた。
「それでいつも僕は目玉焼きにはソースをかけて食べるんだけど、今日は気まぐれにケチャップをかけて食べてみたんだ」
ソースにケチャップ? 目玉焼きを変わった食べ方するんだね。ふつう醤油でしょ。
私は軽いカルチャーショックを受けていた。
まさかこの国に目玉焼きを醤油以外で食べる人間がいるなんて想像すらしたことがなかったからだ。
「ふつうは醤油で目玉焼きを食べるって? はぁ、やれやれ。目玉焼きに醤油をかける人間には二種類いるんだ。目玉焼きに思いつく限りのありとあらゆる調味料をかけた結果自分の味覚に最も合うのが醤油だと判断した人間と、両親の影響か知らないが何も考えずに醤油をかけ続け他の選択肢があることを想像すらしたことのない思考停止人間の二種類だ」
横尾くんは憎たらしく大袈裟に首を横に振りながらやれやれと連呼している。
なんとも腹の立つ顔だ。
彼の表情筋は私を煽ることに特化している。
「僕はこれまでに目玉焼きにメジャーどころはだいたい試してきた。醤油はもちろん、ソース、ポン酢、塩、七味唐辛子、生クリーム、マスタード辺りはね。そうやって色々試した結果、ソースが一番僕の味覚に合うと判断したわけだ」
私は横尾くんが口にする目玉焼きにかけてきた調味料のレパートリーの多様さに驚愕した。
なんでそんなに目玉焼きに対してチャレンジングなの。最終的にソースに落ち着いたらしいけど、どう考えても目玉焼きに合うわけないやつ幾つか混ざってた気がする。
「ちなみにソース以外でも、ポン酢と塩、マスタード辺りは今でもたまに使ってみたりするよ。僕にとってソースとの相性には敵わないが、飽きてきた時に口にするくらいなら結構いけるものだ。君も一度試してみたらいい。お勧めするよ」
いやそもそも目玉焼きに飽きたことないし。というかそんなに頻繁に目玉焼き食べなくない?
私の家は基本的に味噌汁とご飯と何か一品が朝食には出てくることが多いけれど、目玉焼きは一週間に一回出るか出ないか程度だ。
「我が家では朝ご飯は自分で用意するが、僕はだいたいシリアルを食べている。でもたまにどうしてもトーストが食べたくなる時があって、そんな時に目玉焼きもつくってみることがあるんだ。だいたい僕が目玉焼きを食べる頻度は月に一回あるかないかだろうね」
少な。ふつうに私より目玉焼き摂取量下じゃない。
どうしてそれで目玉焼きの味を変えてみたくなったりするのだろう。私の方がおかしいのだろうか。横尾くんと話していると時々自分がとんでもない変人に思えてくる。
でもまあ、たぶん変なのは横尾くんの方だろうな。
「さて、それで結局何の話だったっけ? ……ああ、そうだった。僕が新しい挑戦として目玉焼きにケチャップをかけてみたという話だったね」
そして横尾くんは一瞬悩む素振りを見せると、やがて顔をはっとさせる。
目玉焼きにケチャップ。合うのだろうか。おそらく私が一生試すことのない組み合わせだ。
「なんというか、やっぱりソースの方がよかったよ。ケチャップも悪くなかったんだけど、僕は断然ソース派だね」
いや結局何の話だよそれ。
私は空腹も忘れて心の底からそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます