美咲は主張する、私は横尾くんのことを探していると
あれほど長かった八月とはうって変わって、あっという間に九月は過ぎていった。
今日から二泊三日で私たち四中の第三学年は、京都に修学旅行で行くことになっている。
楽しみといえば楽しみなのだけれど、どこかまだ私は乗り切れていなかった。
「おーい! メグー! こっちこっちー!」
京都までは新幹線で向かうということで、集合場所は駅構内になっていた。
あまり一人で電車に乗る機会が多くないので、ここに来るまで若干手間取ってしまたけど、なんとか学校指定の集合場所に辿り着くことができたみたい。
大きな声でおーいおーい、と長い手を振る美咲の方へ私は小走りで駆け寄っていく。
「おっはよう、メグ。よかったよかった。メグのことだから、寝坊か迷子で集合場所まで来れないかと思って心配したんだから」
ちょっと、メグのことだからってなによ。
朝から失礼な言葉を浴びせてくる美咲に、私は抗議の声を上げる。
すると活発な私の親友はごめんごめんと、全く反省してなそうな笑顔で手を合わせるのだった。
「でもうちのクラスはこれでだいたい揃った感じかな? 意外に優秀じゃん。もっとダメ人間だらけのクラスだと思ってた」
なにげに辛辣な美咲は腕を組んで周りを見渡すと、うんうん優秀優秀と一人頷いていた。
どうやら三年五組の中では私はけっこう遅れてやってきた方みたいだ。
美咲に倣って、私も周囲を見渡してみる。
自動販売機の前の辺りに、二人で並んで立っているのが青山くんと鈴井さん。どうも青山くんが何か飲み物を買おうとしているところに、鈴井さんがちょっかいを出すような感じ。
渡辺さんは男子並みに背の高い、線の細い女の子と何やらお喋りをしている。見た感じこのクラスの女子ではないと思う。知らない子だ。渡辺さんに挨拶するのは後にした方がよさそう。
そして最後に私は、無愛想な仏頂面をしていることが多い男子を一人探してしまう。
でもいくら首を振り回しても、私の視線が定まることはなかった。
「んー? なにメグきょろついてんの? ……あ、わかった。横尾のこと探してんでしょっ!?」
へっ!? べ、べつに横尾くんのことなんてさささ探してないし!
朝早くで低血圧気味の頭が、一気に沸騰する。
心を美咲に見透かされたようで、私の声色は乱調気味になってしまう。
「あははっ! 普段ぼけっとした顔してるけど、意外にメグってわかりやすいよね。でもたしかに横尾いないね。めっずらし。あいつ遅刻とかしないタイプだと思ってた」
ぼけっとした顔なんてしてないし。
私は図星の代わりに、どうでもいいところを反論する。
でも、どれだけ探しても横尾くんの姿は見つからない。
私もあの人は遅れることはないというか、むしろ集合場所に誰よりも早く来る人だと思っていたので、しっくりこない気持ちだった。
「それかもしかしてお休み? だったらラッキー。横尾とかまじいてもムカつくだけだし、いないならまじハッピーなんですけど」
横尾くんが病欠。
それはたしかに一番最もらしい可能性に思えた。
時間的にもそろそろ集合時間になってしまう。
こんなぎりぎりになっても現れないということは、横尾くんは修学旅行自体に来れない状態にあるのかもしれない。
「……ってちょっとメグ!? じょ、冗談だって。そんな落ち込んだ顔しないでよ? 大丈夫、大丈夫、そのうち横尾も来るって!」
べつに落ち込んでなんていないよ!
何を勘違いしたのか、美咲が私の顔を見ると慌てて慰めてくる。
いったい私は今、どんな顔をしているんだ。
何も落ち込むことなんてないのに。
ただ、横尾くんがいないだけ。
うん。そうだよ。それだけじゃない。
「……あ! ほら! メグ! 横尾きたよ! なんか手ぶらだけど!」
美咲が私の肩を大袈裟に揺らして、ある一方を指さす。
つられるように、人差し指の方向に顔を向けると、そこには苦しそうに腹を撫でながらよたよたと歩く横尾くんの姿があった。
「なんだ。やっぱりうちらより先に来てたんだね。トイレ行ってただけっぽい」
横尾くんは柱の下に置いてあったバッグを拾うと、億劫そうにそれを肩にかける。
若干調子が悪そうだけど、とにかく横尾くんもちゃんと修学旅行には同行するみたい。
ほっと、私は胸を撫で下ろす。
その時、ふいに横尾くんがこっちの方に視線を向け、私と見つめ合うような形になる。
おはよう、横尾くん――と咄嗟に挨拶をしようと口をあけかけるが、すぐに横尾くんは私の方から逃げるように視線を外してしまう。
え。なにこれ。もしかして私、避けられてる?
そういえば席替えしてからというもの、私はまともに横尾くんと会話をしていないような気がする。
けっこう仲良い方だと、思ってたのにな。
ただ席が隣りだっただけ。私と横尾くんの関係性はたったそれだけだったのかな。
「よかったじゃん、メグ。横尾ちゃんといて……ってあれ? なんでまたメグ落ち込んでんのっ!?」
どうにも今の私と横尾くんとの距離が、ここから京都までの距離よりよっぽど遠い気がしてならなかった。
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