横尾くんは競る、分の悪い賭けを


 だむだむと、聞こえるのは独特の跳ねつき音。

 今はちょうど体育の時間で、この時期はバスケットボールをやることになっている。

 半袖を着るにはもう涼し過ぎる室温の中、体育館を半分に分けて男女それぞれ濃橙色の球を思い思いに操っていた。



「おらぁ! 決まれぼけぇ!」



 ぱしゅっ、という子気味の良い音が空気を切る。

 どうやらすぐ傍で、美咲がレイアップシュートを決めたらしい。

 運鈍神経が壊滅的な私は、そもそもレイアップシュートを撃つ体勢すらつくれないでいる。

 だいたいレイアップってなによ。かっこつけた名前をつけちゃって。


「ミサキチさっすがぁ。気持ち良さそー。寧々もシュート決めたいな。えいっ」


 まだ秋なのにもうすでに上下ジャージ姿の鈴井さんも、ひょいっとその場で立ち尽くしたままボールを放り投げる。

 さすがにこれは入らないよね。だってレイアップはおろか、ジャンプシュートですらないもの。


「お、鈴井やるじゃん。意外にセンスあんね」


 ぱしゅっ、としかし鈴井さんの適当に投げたようにしか見えないシュートも、綺麗にゴールへ決まる。

 なんでよ。まったくもって納得がいかない。

 鈴井さんはバスケットボールの神にすらモテるのだろうか。


「皆さん、バスケ上手なんですね……あ、メグさんも、その、ドリブルとか、かわいいと思います!」


 美咲や鈴井さんの見事なプレイに感嘆の声を上げる渡辺さんと目が合うと、慌てたようにフォローの言葉が私にかかる。

 むりに励まされると逆に悲しい。

 かわいいドリブルってそれ褒め言葉になってるのかな。



「んー、なんか男子の方、盛り上がってるねぇ」

「あれ、ほんとだ。男子はミニゲームやってるっぽい」



 体育館の反対側から、やけに賑やかな歓声が耳に届く。

 散々シュートを決めて飽きてしまったのか、鈴井さんと美咲は揃ってその盛り上がりの方へ目を向けるので、悪い意味でバスケに飽きた私も同方向に顔を覗かせた。


「あれ、横尾くんと青山くん、ですかね?」


 渡辺さんが眼鏡をなおしながら、コートのあるところで向かい合う二人の男子を指さす。

 二人とも背は高い方。

 目つきは互いに真剣で、一挙手一投足を逃すまいと睨み合っている。


「いいじゃん。ワンオンワン、ってやつ? 鈴井はどっちが勝つと思う?」

「決まってるじゃーん。横尾も運動神経良いの知ってるけどさ、慎吾には敵わないよ。慎吾はさ、本気で勝とうと思った勝負には絶対負けないんだから」


 利き手の右手でバスケットボールをハンドリングしているのは横尾くんの方だ。

 そこに立ち塞がるのは青山くんで、ボールを奪おうと虎視眈々と唇を舐めている。

 攻めているのはボールを持つ横尾くんのはずなのに、どこか押し込まれているような雰囲気だ。


「なんで横尾くんあんなに焦ってるんでしょうね? ……あ、なるほど。もう、時間がないんですね」


 渡辺さんの気づきに促されて、私もタイムを確認してみると、たしかにもう二十秒を切ったところ。

 そして横尾くんのいる方のチームは二点差で負けていた。


「決めれば同点ってことね。決めろよ横尾。男だろ」

「だからむりだって。あの慎吾の顔、本気だもん。なんでか知らないけど、横尾には負けたくないみたい」


 横尾くんは巧みなフェイントで揺さぶりをかけるけれど、青山くんは全てを見切って確実にコースを切っている。

 絶対に抜かせないという強い意志。

 時間だけが無情に過ぎていく。


「パスコースも青山くんに消されてますね。すごいな。青山くんってバスケ部じゃないですよね?」


 攻めあぐねる横尾くんがパスのモーションを出すと、青山くんはすかさず番号を大きく叫ぶ。

 すると青山くんのチームメイトが、すぐにその番号のゼッケンを着た敵チームの男子をマークする。

 まさにチームの王。

 青山くんは授業とは思えない本気度で、横尾くんに勝とうとしていた。


「さあ、どうすんの横尾。むりに行けば青山に取られる。パスに逃げればカットされる。待ってるだけじゃ負ける」

「横尾じゃ勝てないよ。慎吾は、負けないもん」


 数秒の静寂、ついに横尾くんが動く。

 それは前にではなく、背後への急なバックステップ。

 まさかゴールから遠ざかるとは予想外だったのか、青山くんのマークが一瞬ずれる。


 ――次の瞬間、横尾くんは飛ぶ。


 矢を射るように、山なりに飛んでいくバスケットボール。

 誰もが息を飲む。

 でも、それはあまりに分の悪い賭けだった。



「言ったじゃん。慎吾は負けないって」



 がごんっ、と派手な音を立てて、ボールがリングに弾かれる。

 床を落ちたボールが何度かバウンドした辺りで、試合終了のホイッスルが鳴る。

 点差は二点差のまま。

 横尾くんのチーム負けてしまったみたいだ。


「でも、最後、完全に青山のマーク振り切ってたね。決めてれば逆転だったのに、惜っしいなぁ」

「負けは負けでしょ。なんの意味もないよ」


 チームメイトが全員喜ぶ中、シュートまで持っていかれたことが不満なのか、青山くんだけは冷めた表情で横尾くんのことを見つめていた。

 

 決めてれば逆転だったのに。負けは負け。なんの意味もない。


 うなだれる横尾くんは、結局最後まで私の方を向くことはなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る