青山くんは喋る、なんとなくそんな気がしてたと



 この前受けた模試の結果を眺めながら、私は重い溜め息を吐く。

 私の第一志望であるカマガクの合格判定はC。

 あまり良い成績とはいえない。

 夏が終わった辺りから、じわじわと下降気味だった私の受験への集中力。

 ついにそのしわ寄せがきたという感じ。

 見るに堪えない模試の結果を鞄にしまい込むと、私は面白味のない塾の天井を仰ぐ。



「本田さん、お疲れ様。なんか、疲れてる?」



 お父さんは何も言わないだろうけど、お母さんにはちょっと怒られるかもなあ、なんて憂鬱に浸っていると、右隣りから声がかかる。

 そこには少しこっちを心配そうに見つめる青山くんがいた。


「もしかして模試……あんまりよくなかった?」


 聡い青山くんはいとも簡単に私の心を見抜く。

 見栄を張っても仕方ないので、私は素直に成績が落ちたことを白状する。

 なんだかここ最近勉強に身が入らないんだよね、私。


「そっか。でも本田さんならきっと大丈夫。まだまだ本番まで時間あるし。勝負はこっからだよ。俺も本田さんに抜かれないように頑張らないと」


 少し茶化すようにしながら、青山くんは私のことを励ましてくれる。

 私が青山くんの成績を抜くことなんて、あるわけないのに。

 さすが、あの鈴井さんが惚れている男子ってところだ。

 人間としてレベルが私なんかより一段階上な気がしてしかたない。


「それに修学旅行が終わったと思ったら、もう文化祭だもんね。本当、時間過ぎるのはやすぎ。もうすぐに冬が来て、受験して、卒業まであっという間なんだろうな」


 青山くんは遠い目で、珍しく寂しげな表情をしている。

 なんでも完璧にこなすイメージのある青山くんだけれど、彼にも心残りとかあったりするのかな。


「あと残り数か月の中学校生活、後悔しないようにしないとね」


 後悔、は私もしたくない。

 心残りがあるのはむしろ、私の方。

 やらなきゃいけないこと、言わないといけないことが、まだ沢山残っている気がしている。



『他に好きな人、できちゃったから』



 ふと思い出すのは、修学旅行で鈴井さんが言っていた台詞。

 鈴井さんが想いを寄せているのは、まず間違いなく青山くんだ。

 その事に、本人は気づいているのだろうか。



「……本田さんはさ、好きな人とかいるの? 唐突でごめんだけど」



 えっ?

 ちょうど今その事について考えていたので、かなり驚く。

 青山くんはもしかして、読心術的なものを嗜んでいるかな。

 

「答えたくなかったら、答えなくでもいいんだけどさ」


 言い淀む私に、青山くんは笑いながらそう言う。

 好きな人、もちろんいる。

 でもまだその人の名前を口にするには、あまりにも私は弱すぎた。

 だけど、せめて、少しくらい、勇気を出そう。

 立ち向かうことはできなくとも、せめて逃げないでいよう。



 ――うん。いるよ。私、好きな人。


 

 誰を、とまではまだ言えなくとも、私は初めて、自分の気持ちを素直に外に出した。

 人類にとっては小さな一歩かもしれないけれど、私にとっては大きな一歩だ。

 その証拠に今、心臓がギュルンギュルンいって捻じり切れそうになっている。


「そっか。だよね。なんとなく、そんな気がしてた」


 青山くんは特に驚くこともなく、それ以上は何も訊いてこない。

 

 青山くんも、いるの?


 沈黙が広がりきる前に、私も問いを返す。



「……俺もいるよ、好きな人。お互い、頑張ろうね」



 そこで青山くんは言葉を切って、結局沈黙が広がるのを私は止めきれない。

 宙に浮いた声は、仄かに諦観を含んでいる。

 青山くんにも手に入れられないものがあるなんて、私にはとうてい思えなかったけれど、私もまたそれ以上は何も訊くことができなかった。

 



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