隣りの席の横尾くんに彼女ができないので私は、
どうしても私に伝えたいことがあると、横尾くんは言った。
元々は、私がどうしても言いたいことがあるといって呼び出したのに、相変わらず横尾くんはお喋りな人だった。
薄暗がりの教室。
左隣りに立つ横尾くん以外に、私の声が届く相手はいない。
「公立高校の入試合否発表が終わった後、僕は青山に言われたんだ」
「……青山くんに?」
意外な名前がここで出てきて私は驚く。
仲が悪いわけではないけれど、とくに接点もないと思っていた二人だ。
ここで私はまさかと思う。
私は大きな勘違いをしていたのかもしれないと。
「青山は言っていたよ。振られたって。……君に告白したけれど、好きな人がいるからと言われて、振られてしまったと」
「……うん。そうだよ。私、好きな人がいるんだ」
私が素直に頷くと、横尾くんは鈍痛に耐えるような顔をする。
でも、やっぱり勘違いだったんだ。
あの日、横尾くんが呟いていた言葉は、横尾くん自身の言葉じゃなかった。
「正直言って驚いたよ。君はいつも塾で青山と一緒だったんだろう? 顔もいいし、頭だってクラスで一番。スポーツだってなんでもできる。それになにより、あいつは良い奴だ。僕みたいにひねくれてないし、誰からも愛される」
「……でも、私の好きな人は青山くんじゃないから」
たしかに横尾くんの言う通りだ。
青山くんとは塾でけっこうよく喋っていた。
それに青山くんは皆の人気者だし、私にはとうてい相応しくないほど立派な人だ。
でも、違う。青山くんじゃない。
たくさん喋った。
いっぱい笑った。
いつの間にか、惚れていた。
そんな星屑なんかよりよっぽど綺麗な思い出の中で、私の隣りにいるのはいつだって青山くんじゃなかった。
「僕は君に誰か特定の好きな相手がいるとは思っていなかった。僕はずっと思っていたんだ。隣りの席に座る君は、彼氏をつくれないのではなくて、つくらないだけだと」
「……間違ってるよ。私だって、人を好きになる」
横尾くんはたしかに物知りだ。
私なんかよりよっぽどたくさんのことを知っている
でも、その代わり、間違えることも多い。
ちゃんと言葉にしないと、私も語らないと、この気持ちは伝わらない。
「そのようだね。でも、もういいんだ。君が誰のことを好きなのかなんて。僕は諦める理由ばかり探していた。でも、もういい。僕は言い訳がいつだって得意だった。だけど得意なことばかりしていたら、僕は行きたい場所には行けない」
「……私が誰のこと好きかはどうでもいいの?」
「ああ、どうでもいいさ。そこで迷っちゃいけないんだ」
「……そっか。横尾くんは強いね」
横尾くんは真っ直ぐと私を見つめる。
優しくて、穏やかで、ほんちょっと悪戯気な瞳。
いつからだろう。
この眼差しを、独り占めしたいと思うようになったのは。
「僕は彼女をつくらないんじゃなくて、つくれなかった。つくろうとしたら、僕の隣りから君がいなくなってしまう気がして」
「……馬鹿だなぁ、横尾くんは」
ほんとに馬鹿だ、私は。
いなくなるわけないのに。
いたくて、いるんだってこと。
もっとはやくに伝えるべきだった。
「一輪の花美しくあらば、我もまた生きてあらん。僕にとっての一輪の花は、君なんだ」
横尾くんは頬を真っ赤に染めながらも、それでも目を逸らすことはしない。
胸がこれ以上ないってくらい、高鳴る。
嬉しい、なんて陳腐な言葉以外思いつかない私は、きっと川端康成に笑われてしまう。
「……僕、君が好きだ。君に恋をしている。君のことを彼女にできないなら、できなくていい。本田愛さん、僕の恋人になってくれないかい?」
なんの飾りもない、純粋な言葉。
これ以上語ることはない、みたいな顔して横尾くんは私を待っている。
ずっと隣りの席にいたのに、ずいぶんと遠回りをしてしまった。
「うん。私も、君が好き。君に恋してる。君の彼女になれないなら、なれなくていい。横尾俊平くん、私を恋人にしてくれない?」
え? なんで? みたいな驚いた顔をする横尾くん。
ずっと隣りにいたのに、どうして近道してくれなかったんだろう。
まったくもう。しょうがないな。
隣りの席の横尾くんに彼女ができないので私は、きっと明日も彼の一番近くで話し相手として付き合っていくのだろう。
だって私が彼女にならないと、横尾くんには彼女ができないみたいだからね。
隣りの席の横尾くんに彼女ができないので私は、 谷川人鳥 @penguindaisuki
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