横尾くんは語る、抹茶アイスの緑色はお茶葉の色ではないと
少し寝不足の目を擦りながら、私は盆地のせいか、九月末にしては暖かい京の町を秋風を感じながら歩いていた。
今は班ごとの自由行動中。
ここは哲学の道と呼ばれる辺りで、銀閣寺を拝観しに行こうとしている途中だ。
まさに観光街といった雰囲気だけれど、ここからちょっと行けば京都大学のキャンパスが立ち並ぶ学生街に行けるので、また雰囲気ががらっと変わる。
「皆どうする? トイレ休憩とか大丈夫?」
私たちの班長である青山くんがふいに立ち止まると、班員を見渡して気の利く台詞をかけてくれる。
本当に気配りのできる人だ。頭も良いし、顔の造詣もかなり整っている。
なんか弱点とかないのかな。たとえば身体めっちゃ固いとか。
『たぶんだけどさ、鈴井が好きなのって、青山だよね?』
無意味に青山くんのアラを探していると、ふと昨晩のことを思い出す。
結局昨日のガールズトークは、美咲の彼氏である高橋くんへの愚痴を聞かされるばかりだった。
渡辺さんは恋愛に疎いようで、話を振られるだけで顔を真っ赤にしてあわあわしていたし、私は恋バナを振られても徹底的に話をはぐらかすだけだったので、他に話す人がいなかったというのもある。
鈴井さんに関しては、木下くんと別れたことを言った後は、私たちを無視して先に寝入ってしまったし。
その鈴井さんは他に好きな人がいると言っていて、美咲の予想ではそれは青山くんだという。
正直、私もそうなんじゃないかと思う。
でも、青山くんの好きな人は、誰なんだろう。
鈴井さんの言い方によると、青山くんは鈴井さんじゃない別の誰かに好意を寄せているみたいだ。
普段あまり他人の恋愛に干渉しないので、私にわかるのはその程度のことだった。
「本田さんは大丈夫? 我慢とかしなくていいからね?」
思考の海に潜っていた私を、青山くんの声が引き上げる。
私はちらりと他の班員の女子を見てみる。
おけーおけー。
アイコンタクトで、なんとなく把握。
じゃあちょっと、トイレ行ってくるね。
私は他の班員の女子二人と一緒に、トイレに行くことにする。
恥ずかしいことに私はあまりしないけれど、最近の女子中学生はこういった催し事の際に化粧を整えたりするのだ。
もしかしたら班員に人気者の青山くんがいるから、彼の目を意識してのこともかもしれない。
女子は基本的に性格の良いイケメンに弱い。当たり前かもしれないけれど。
「あっちのお店にトイレ貸します、みたいな看板出てたよ。営業トークされるかもしれないけどね」
目ざとい青山くんは、近くのアイスクリーム屋を指さすと、笑いながらそう言う。
素直に青山くんの言葉を受け取り、私たち女子組はそそくさとそのお店の中に入っていく。
甘くて、良い香りがする。
こじんまりとしたお店の中に入ると、店員さんに頼んでトイレを貸して貰えた。
私は正直トイレに用事が今のところなかったので、店内をなんとなく見渡す。
すると店員のお姉さんと目が合い、アイスどうですか? と関西訛りのイントネーションでおすすめされる。
どうしようかな。トイレ借りたし、買っていこうかな。
なんて風に考えている時点で、なんとなくこのお店の思惑通りな感じがする。
「宇治抹茶アイスクリーム二つ、お願いします」
その時、秋風が吹くように私の背後から柔らかな声が通り抜ける。
とくん、と心臓が大きく脈うつ。
振りかえらなくてもわかっていた。誰が今、私の後ろにいるのか。
「知っていたかい? 抹茶アイスの緑色は、純粋にお茶葉の色ではなくて、
そのどうでもいい、むしろ知らなくていい雑学を耳にするのが、やけに久し振りに思える。
私の意思とは関係なく、勝手に口角が緩む。
仕方ないな。もう認めることにしよう。
鈴井さんと同じように、私もきっと今、恋をしている。
好きな人ができたんだ。
少し気まずそうに頬を掻きながら、こっちにも蚕沙色の抹茶アイスを一つ渡してくるのは、私の記憶より一センチくらい背の伸びた横尾くんだった。
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