横尾くんは語る、手伝いたいと


 あと一ヵ月もしないうちに夏休みになるけれど、今年に限っていえばそこまで楽しみなものではなかった。

 理由は簡単だ。せっかくの夏休みなのに、まるで自由はなく、ほとんど遊べないであろうことがわかっているからだ。

 悲しいかな、私は中学校の最高学年。つまりは受験生だ。今年の夏は塾に行き夏期講習を受けては、家で学校と塾の課題に追われる日々を過ごすことだろう。



「君には将来の夢とかあるのかい?」



 あと半年以上も受験のストレスに晒されなくてはいけないのかと、鬱屈とした気分に浸っていた私に横尾くんが声をかけてくる。

 彼はいつもの謎のドヤ顔ではなく、どこか神妙な面持ちをしていた。


 夢っていわれると特にないかな。行ってみたい場所とか、やってみたいことは幾つかあるけど。


 向上心が欠けていることで有名な私は、横尾くんの問い掛けに中身のない答えを返す。

 そういう横尾くんは夢とかあるのだろうか。サッカー部だし、プロのサッカー選手とか目指してるのかな。


「サッカーはあくまでも趣味だよ。プロになるつもりはない。サッカーでお金を稼ぐ程の才能はないし、人生を全てサッカーに捧ぐほどの覚悟もないからね」


 私の中学のサッカー部はそれなりに強く、県大会でもまだ勝ち残っているという。

 そんな我が四中サッカー部のエースフォワードらしい横尾くんだったら、ひょっとしてプロとかなるのかと思ったけれど、どうやら本人にそのつもりはないみたいだ。


「僕の将来の夢は、翻訳者になることなんだ。海外の児童書とか、文芸書を日本に広める仕事をしたい」


 そして横尾くんは自らの夢を私に教えてくれた。

 翻訳者か。結構意外だ。

 でも素敵な夢だと思った。


「僕は誰かを笑わせたり、感動させたり、驚かすような、感情を動かすことをしたいとずっと思っていた。しかし、僕自身にその才能はないとわかった。だから、手伝いたいんだ。他人の心を動かすような才能、もっと多くの人に広める手伝いをしたい」


 小説はその中でも僕にとってもっとも身近で好ましい媒体なんだ、と横尾くんは続ける。

 そういえば横尾くんは他の科目に比べて、英語の勉強に熱心だったはずだ。それはきっと彼の夢を叶えるためというのが大きな理由だったらしい。


 私は横尾くんを素直に尊敬する。

 

 受験のため、なんて目的のための目的みたいな感じで勉強する私とは違って、横尾くんはちゃんと自分に必要なことを追い求めている。

 たしかに学校の成績では横尾くんより私の方が上かもしれないけれど、彼の方が私の数倍賢いと思う。


「べ、べつに大したことじゃないさ。夢なんてものはたしかに響きの良い言葉だけれど、なくてはいけないものではない。結局は好きなことをやっているだけだからね。むしろ自分に必要なのかわからない事にも、嫌々ながら熱心に取り組める人の方が最後には得をしている気もするよ」


 よくわからない擁護に、私は笑ってしまう。

 いつも憎たれ口ばかり吐く横尾くんだが、彼は結構褒め言葉に弱い。

 ちょっとおだてればすぐに照れるし、こっちの事も褒め返してくれる。

 なんだかんだ根がピュアなのだ。



「僕も君のことを尊敬しているよ。心の底からね」



 ただ、横尾くんはオーバーキルしてくるのがたまに傷だ。

 私は自分の口から出た、ありがと、の言葉が想像以上に小さくてどうしよもなく恥ずかしかった。 




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