横尾くんは語る、珈琲にミルクを足さない女は地雷だと
学校の昼休み。私は給食で余った紙パックの牛乳をちびちびと飲んでいた。私のクラスには牛乳が苦手な子が何人かいるので、いつもおかわりを貰うことができるのだ。
なので小さい頃から牛乳が大好きな私はこうやって給食の時間が終わった後も、他のクラスメイトが思い思いに過ごしている中ひとりカルシウムの摂取を続けているというわけだ。
ちなみに私が友達からメグと呼ばれている事は、このめでたい紅白色のミルクを私が好んでいる事とは全く関係がない。
「君はずいぶんと牛乳が好きみたいだけれど、もちろん珈琲にはミルクを足すんだろうね?」
僅かに開かれた窓から小風が通り抜けるのと同じタイミングで、やけに偉そうな声が聞こえてくる。
私の優雅な午後のひと時を邪魔する間抜けはいったいどこの誰かと思えば、やはり隣りの席の横尾くんだった。
「もちろん珈琲牛乳が好きかどうかという意味ではなく、一般的にブラックと呼ばれる珈琲に少量の生クリームを足すかどうかを尋ねているんだ。当然そのままでは飲んだりしないだろう?」
正直に言うと私には珈琲牛乳と生クリームが足された珈琲の差がわからなかったが、それを口にするとなんとなく面倒な事になる気がしたので簡潔に、うん、足すよ、とだけ答えておいた。
「ふむ、そうか。なら安心だ。君ならそう答えてくれると信じていたよ。僕の統計では珈琲にミルクを足さない女は地雷と決まっているんだ」
横尾くんは何がそんなに嬉しいのか満足そうに口角を上げる。
他のみんながそれぞれ好きなことをしているというのに、横尾くんはいまだに給食を食べ続けていた。彼は食べるのがとてつもなく遅い。
「珈琲から感じられるのは主に苦味と酸味だ。この苦味と酸味を際立たせるためにはミルクのような柔らかくコクのある甘味を少量加えるのがベストだろう。飲みやすくもなるしね。それにも関わらずあえて珈琲をブラックにして飲もうとするなんて、よほど舌が退化してしまった年寄りか、甘い物が苦手な男か、協調性の低い天邪鬼かのどれかさ。ちなみに君はエチオピアに行ったことがあるかい?」
エチオピア? アフリカの? いや、ないけど。
エチオピアの緯度も経度もわからない私は、頭の中に地球儀を浮かべて赤道を適当になぞってみる。
「エチオピア人は珈琲にミルクも砂糖もかなり大量に入れるのさ。珈琲の本場がそういった飲み方をするんだ。ミルクを入れるのが珈琲の正しい飲み方に違いない」
あたかも自分が見てきたことかのようにエチオピアトークを横尾くんは私に語る。
試しにエチオピアの場所がどこなのか尋ねてみると、うろたえながら彼はマダガスカルの隣り辺りだと言った。たぶん彼自身はエチオピアに行ったことはないのだろう。まあ、ふつうないんだけど。
「と、とにかく、珈琲にミルクを入れずに飲むような女は、むりにして大人ぶるようなプライドの高い地雷女というわけさ」
たしかに甘い物が好きなのにわざわざ珈琲をブラックで飲むような女の人は天邪鬼でプライドが高い見栄っ張りかもしれないけど、ふつうに甘い物が苦手な女の人だっているじゃん。
私はあまりに偏見にまみれしかも論理に隙だらけの横尾くんの主張を一応つついておく。
「え? なにを言っているんだ? この世の女子は全員甘い物好きなんだろう? 僕の母も甘い物好きだぞ?」
嘘だろこいつまじか。
私は横尾くんの女性に対する情報の前提が母親しかないことに気づき唖然とする。
なんだか私は彼が可哀想に思えてきた。
「な、なんだ、なぜそんな憐みを多分に含んだ表情で僕を見つめる? き、君だって甘い物は好きだろう?」
うん、まあ、好きだけどさ。
私はあまりに女性のことを知らない横尾くんを思うと、胸が苦しくなる。
「ほらぁ、やっぱりそうじゃないか。君が素直な人で僕は嬉しいよ」
無邪気に笑う横尾くんが眩しい。
甘い物好きの私は、なんだか今だけは無性に珈琲をブラックで飲みたくて仕方ない気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます