横尾くんは知る、恋人が一番好きな相手であるとは限らないと
夜遅くまで
ほとんど八つ当たりでかなり自分勝手な言い分ではあるが、少しは私の体調に気をつけろと言わんばかりの目で騒音の元を睨みつけてみた。
しかし鳥が鳴いているかの如く甲高い声を出しているのが誰なのかを確認した次の瞬間、私は徹夜気味の身体に優しい静寂を手に入れることを諦めた。
時折り猿の
彼らは皆それなりに社交的な性格で、私のクラスでも発言力や影響力が最も高い。
俗にいうカースト上位層というやつだ。この学校では私の知る範囲ではイジメや差別などはなく、比較的穏やかな校風ではあるが、それでもやはりある程度のグループ分けが自然となされている。
彼らの方が私がうるさくしている時に注意することはできても、私が彼らが騒いでいる時に少し静かにして欲しいと頼むことはできないというわけだ。
「たまに根本的な前提がわからなくなる。恋人というのは、その人にとって最も一緒にいて楽しいと思える相手とは違うのだろうか」
すると今度は隣りから囁くような小さな声がする。
その声がした方向と独特の低音から振り向かなくてもわかった。横尾くんだ。
彼の話す声は不思議と私の頭に負担をかけない。
「君もご存知の通り、僕は彼女をつくれないのではなく、つくらないだけなのだけれど、最近そもそも恋人とは何なのだろうかと考えるんだよ」
どうしたのいきなり。
横尾くんは珍しくいつもの意気揚々とした表情ではなく、やけに神妙な顔をしている。
彼の言葉の前半部分にはツッコミを入れずに、どこか憂いを帯びた薄茶の瞳の真意を探る。
「あそこに
え? あの二人の関係? いや知らないけど、もしかして付き合ってるの?
羨ましいとか、煩わしいとか、そういった感情は浮かべずに、ただ横尾くんは一見イチャついているように見える二人のクラスメイトを真っ直ぐ見つめている。
「いいや、あの二人は付き合ってはいないと思う。ただの仲の良い友達同士だろう。鈴井は二組の
淡々と横尾くんは語り続ける。
団体競技とか苦手そうな印象に反して、彼は意外にもサッカー部に所属していた。
彼氏いるのに他の男と楽し気にするのが気に食わないわけ? でもあの子ってそういう子じゃん。
私は横尾くんが何に不満を持っているのか適当に見当をつけてみる。
鈴井さんは容姿も優れていて、男女分け隔てなく接するタイプだ。人との距離を詰めるのが上手く、生徒だけでなく教師からの評判もいい。彼女なら彼氏ではない男の子の膝の上に座っていてもおかしくはない気がする。
「君が鈴井寧々をどう判断しているかは知らないが、僕が思うに彼女は自分がしたいことしかしないタイプだ。よくいえば自分に正直、悪く言えば自己中心的。彼女は本当に楽しい時しか笑わないし、一緒にいて楽しくない相手とは積極的に接しない」
私は驚く。それは予想以上に横尾くんが鈴井さんのことをよく観察していると思ったからだ。
恋愛ごとには興味ないとかいっていたくせに。
それかもしかしたら鈴井さんみたいな子がタイプなのかもしれない。実際彼女を目で追う男子は少なくない。
「優馬と一緒にいる時の鈴井寧々もそれなりに楽しそうにしていた。だが今、青山慎吾と一緒にいる時の彼女の方がよっぽど楽しそうだ。なぜだろう。そう見える理由がわからない。恋人と一緒にいる時より、クラスメイトの友人の一人と一緒にいる時の方が楽しいことなんてありえるのか?」
横尾くんは困惑気に眉をひそめている。
ここでやっと私は彼が何に悩んでいるのかを理解した。
たしかにいわれてみれば、鈴井さんの青山くんに対する態度は他の人への態度とはまた異なるような気がしないでもない。まさに恋する乙女といった風に見ようと思えば見れる。
一番好きな相手が、恋人になるとは限らないからね。
だから私は何の気なしにそんなことを横尾くんに言った。
私自身、べつに変なことを言ったつもりはない。世の中に理想と妥協という天秤が存在するのは明らかだ。
青山くんの交際歴を私は知らないけど、彼もまた学年では五本の指に入るほどの人気者だ、いくら鈴井さんでも彼にそのつもりがない限り簡単には付き合うことができなかっただろう。
「なるほど。恋人が一番好きな相手であるとは限らないのか。……恋人関係にある二人ともがそう思っていればまだましだけれど、片方だけがそういった妥協の秤に乗っていて、もう片方は理想の秤に乗っているとしたら、それはきっと悲劇と呼んでもいいものだろうな」
横尾くんは沈んだ声でそう言うと、いまだ幸せそうな談笑を続ける青山くんと鈴井さんから目を離し、窓の外へと顔を向けた。
やけに寂しそうに見える彼の横顔。
残念ながら今の私にはそんな横尾くんを振り向かせる言葉が思いつかなかった。
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