巻き込む人とマキ込まれる人(1)
由々しき事態だった。
なぜか。簡単である。わたし自身の仕事の危機だと理解したからである。
ニコニコ笑顔でゲストに手を振りながら、頭の中はフル回転だ。
オーケイ。何も言うまい。あんなベタな呪文(物理)で頭ぶんなぐられたのだ。メインの城が透けていて、鍵がガラスの靴なのだ。あそこがなんなのか、はもう言わずとも分かってしまう。だとしたら、だ。
あの地味男が王子である。
無理。お姫様が来ても、あれには惚れない。わたしの知ってるあの世界のお姫様は、そんな特殊性癖は持っていないはずだ。
あれには、惚れない(断言)。
なら、どうなる? あの王様とお婆さんの危惧通り、舞踏会は失敗に終わるだろう。灰まみれのお姫様は引き続き灰まみれの人生になってしまうだろうし、国は存続の危機である。それはいい。いや、よくないけど、他人のことである。
問題は【物語】が成立しない、ということだ。
いや、本当にこれ、困る。だってそしたら元の童話作家のグリムもお話まとめてないだろうし、そしたらうちの職場の大本をつくったあのおじさん、アニメーション作ってない。あの頃それが一本かけてたら、ここまで盛り上がってないかもしれない。というか、あのお城はないし、冬期ショーだって存在しなくなってしまう。
それどころか、職場が、なかったことになってしまう。
まさかそんな大げさな、と頭の中で冷静なわたしが言う。でも、なんとなく、嫌な予感が消えないのだ。
透けたシンデレラ城から見えた景色がやけに空虚で、胸にぽっかり穴が開きそうになったせいなのかもしれない。
あのお婆さんの言った「こちらへの影響」という言葉を、わたしは馬鹿なことをと切り捨てられないでいた。
いくしかないか。なんとか、っていっても、わたしに何が――出来るんだ?
「平澤、お顔。オンステよ」
パンッ、と背中を叩かれた。しまった、マキちゃんだ。どうやらいつの間にか、真顔になってしまっていたらしい。慌てて笑顔を作ってうなずく。
「アタシ、先にあがりだけど、ねぇ、大丈夫?」
「あ、わたし、ラスまでなので……、大丈夫です」
微笑みながら見上げる。
……いや、うん、ホント、音声オフにしていればこの人美形だよなぁ。ジャニではなくてどっちかっていうと特撮俳優系かなぁ。
そういえば、聞いたことあったな。SNS映え~とかって、ゲスコンの牧野さん、っていうので上げられてたりするって。
さすがにフェイスキャラクターほどではないけれど、まぁ、こっちのほうがまだ王子としてアリなんだろうけど。いや、さすがにそれは無理か。
「やぁね、なによジロジロ見ちゃって。ねぇ、変わってもいいのよ、この後」
「あ」
――見上げながら。
そのときわたしは一つ、ひらめいた。天啓だ。
やばい。わたし、天才かもしれん。
「あ?」
怪訝な顔をするマキちゃんを手で制す。
わたしのあがりは、十九時。マキちゃんは十八時。マキちゃんちはたしか、ここから往復でも一時間かからない。
「……マキちゃん。あしたのシフトは」
「オフよ。変わってほしいの?」
「いえ、わたしもオフなんで。あの、それより、あの」
唐突だろうか。いや、だろうかも何もないわ。唐突だわ。でも。
思い付きを、わたしはそっと背伸びしてマキちゃんに耳打ちした。
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