キャストサンクスデー、だったはずなんです(2)


 ショー会場から吐き出される人波に紛れて、マキちゃんとふたり、他のメンバーからそっと離れた。会場を出るなりすぐ、物陰に隠れる。


「……で、どういうこと、よ」

「……分かんないです」

「いつ行ったの、あっちの世界!?」

「行ったつもりないんですって!」


 問い詰めてくるマキちゃんに、率直に言い返すしか出来ない。だってここんところ、そんな異変は感じていなかった。感じていたらマキちゃんに話していたはず。


「夢は、見ました。正直よく覚えてないんですけど、どっか森なのか何なのか分からないところを走っていて、青虫が出てきたってのは」

「じゃあ、それ、じゃないの? 夢のつもりであっち行ったとか」

「そんなことあります……?」

「知らないわよ。でも、そうとでも考えないと説明つかないじゃない。アレ、どー考えても着ぐるみレベルじゃないわよ」

「……おーでぃおあにまとろにくす……」

「青虫でそんなの作りません」

 きっぱり否定された。このパークのレトロテクノロジーなのに。


「じゃー、マキちゃんはアレ本物だとでも……?」

「何をもって本物、というかは分からないけれど、作り物、って言いきれるようなものじゃなかったでしょ。あー、やだやだやだ。アタシダメなのよう、蛇とか青虫とかあのテの手足がないニョロっとしたやつ」

 ……そういえば白雪姫のときそんなこと言ってたような。あれ、本心だったのか。

 それはそれとして。


「あの。わたしたちがあっち、に行くことが出来るのは分かってますけど。鍵と衝撃で」

「ええ」

「あっち、がこっち、にくることって……あり得るんです、か?」


 わたしの言葉を、マキちゃんはフッと鼻で笑った。その場に座り込む。


「そこが分かんないのよねぇ。現象を見た限りだとそうとしか言えないけど。ありすちゃん、何か聞いてないの? 最初にあっちで説明うけたのアンタでしょ」

「えー……」


 説明、と言っても。フェアリー・ゴッドマザーにテキトーに説明されただけだ。

 それでもなんとか、あの時の言葉を思い出そうとする。


「なんだっけ……あっちの人には、鍵に見えないらしいです。なんか、光の珠に見えるとか」

「へぇ?」

「フェアリー・ゴッドマザーは『見え方の違いが、世界の違い』とか言ってました。あっちとこっちを繋ぐもの、って」

「うん」

「それで、これに」

 言いかけて。ぶわっ、と一気にその時の記憶が蘇ってきた。


 ――これに触れていれば、その人物は行き来出来るわ


 フェアリー・ゴッドマザーのきゃぴるんとした声音まで、聞こえてくるようだった。

 呻くように、わたしは告げた。


「……これに、触れていれば、その人物は行き来出来る……」

「……あかんやつじゃないのそれ」


 ど低いマキちゃんの声に、思わずわたしも頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


 ああああ。そうだー。そうだー! 別にフェアリー・ゴッドマザー、わたしたちだけが対象とか言ってないいいい! これに触れてれば、って言ってるううう!

 それって、あっちの世界の人物が『光の珠』に触れていても同じってことじゃないのおおおお!?


「マキちゃん!」

「ハイ」

「青虫って人物!?」

「そこはあの世界基準で考えたほうがいいんじゃないかしら……」

 人物、というよりキャラクター、とか。マキちゃんの言葉に絶望感をかみしめる。

 ふたりでうずくまって頭痛に耐えるしか出来ない。


「……平澤」

「なんです……」

「社長、無事かしら。青虫に食べられたりしてないかしら」

「知りません……」

 わりとどうでもいい。というか、考えたくない。


「とりあえず平澤。ちょっとあっちに行ってきなさいよ……。トランプと青虫でなんとなく検討はつくけど、何の世界か調べてきなさいよ……」

「ヤですよ。せっかくのサンクスデーなのに……」

「アタシだってやぁよ。せっかくのサンクスデーよ?」


 無言になって、見つめ合う。それから、ふたりでどちらからともなく手を出し合った。

 こーいうときは、平等である。

 せーの。


「じゃん、けんっ、ぽんっ」


 ――負けた。



 ずきずきするおでこをさすりながら、顔を上げる。


「うあ」


 低い声が出た。

 ギョロっとした、金色の大きな目があったのだ。まぁ、うん、何かしら見えるだろうと予測はしていたし、覚悟も決めてはいたのですけれど。

 目、はちょっと。あの。びびりました。

 空中に浮かんだ目は、ギョロギョロと動くとわたしをなめまわすように見ている。そして、キンと耳障りな声で笑いだした。


「イカれた格好! イカれた格好!」


 うるせえ。浮かれた格好はしてるがイカれてねぇ。目から徐々に輪郭が浮かび上がる。知ってる。紫色の猫。

 そのふさっふさした尻尾を、むんずと鷲掴みにする。


「おー。イヒヒヒッ、掴んだ、掴んだ」

「あんた、チェシャ猫ね?」


 半月型の口がにまぁと動き、イカニモ、と答えた。

 オーケイ。正解。もう分かった。

 ここは、アリスの世界だ。ふしぎの国のアリスの世界。

 理解して、胃に重たいものを感じる。

 ……わたし、平澤ありす、なんて名前ですけど。

 ぶっちゃけ苦手なんですよね、アリスの世界……。

 ちいさいとき、なんか怖くて怖くて見れなかったんだよね、あれ。不安になるというかなんというか。一度も通してみたことがない。モチーフとしては可愛くて好きだけど。

 とりあえず、分かったけれど。

 さて。どうする。元の世界で野放しになっている(予想)青虫を、どうにかしてこっちに持ってこないといけないんだけれど。

 パーク内全域を探すのは面倒くさいというか無理がある。そもそもいっぱい人がいる。まぁ一般入場時間帯じゃなくてよかったけれど!


「あんた、青虫の居場所とか分かったりする?」

「キシッキシシッ、あっちの世界。あっちの世界。ぶぅんと空飛ぶ象がいる」


 ――! ファンタジーランド! ダンボのアトラクか!

 分かるらしい。すごい。これ、連れて行けば追いかけられるんじゃん!? あと鍵ぶん投げてぶん殴ればなんとかなりそうじゃない!?

 ……。

 でもこれ、連れていく、のか? それはそれでなんか、めちゃくちゃ話ややこしくならないか?


「……あ」


 尻尾を掴んだまま考え込んでしまったわたしをあざ笑うかのように、しっぽはふわっと溶けて消えて、違う場所からまた半月型の口が見えた。ぬう。ぬけられるのか、チェシャ猫め。


「おまえ、ありす、ありす、おまえ」

「何で知ってんの」

「ありすありすありす」


 下の名前連呼やめろ。ジト目で見る。ふわ、ふわ、と場所を変えながら、チェシャ猫は笑う。


「何か持ってる。何か持ってる。キラキラ。キラキラ。持っている」

「何か……って、これ?」


 私服なので備品は持っていない。思いつくのは『鍵』だけだ。手に握っていたそれを見せる。と、同時に、それをさっと猫が掠め取った。


「あっ、ちょっと!」

「キラキラ、キラキラ。綺麗」


 キラキラ欲しがるのはカラスだけでしょー!?


「返して、待って!」


 慌てて追いかける。ここはどうやら、森っぽい。分かんないけどね!? あのお話の世界だとすると、そうとうアレだからね!? 樹の枝から枝へと渡るチェシャ猫を追いかける。それ、取り上げられたら、わたし帰れませんから!

 尻尾を器用に丸めて『鍵』をぽんぽんと跳ね上げている。あー、ちくしょう、ふざけんな。わたしはとっとと帰りたいんだ! たのしいたのしいサンクスデーを、邪魔されたくないだけなんだ!

 走る。走る。追いかける。手を伸ばす。そして。


 ポォンッ!


 音でもしそうなほど綺麗な弧を描いて、鍵が飛んだ。

 う。

 ひぃいいい。それは、だめ!

 慌てて、飛び込むように『鍵』に手を伸ばす。その時。


「――え?」


 不意に横から現れた『誰か』と目が合った、気が、した。

 気がした瞬間、その目の中には、星が散らばっていた。

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