キャストサンクスデー、だったはずなんです(1)

「いっ……たあっ!」

 自分の叫び声で――

「……おぅ」

 目が、覚めた。


 ……えーと。

 ……ゆめ。うん、ゆめだ。なんか見てた。内容とかよく分からないけど、なんかすごい疲れた。

 ふぅ、とため息を吐いたとき、頭に何かが乗っかった。


「おっつかれー?」

「……花ちゃん、重い」


 こんな真似をする人間は限られている。上に乗っかられながら、わたしは呻いた。何とか押しのけて顔を上げると、想像通り、花ちゃんがいた。

 同期の花ちゃんこと、籠井花。サラッサラの黒髪が綺麗な子だ。


「ウヒ。あたし食堂でガチ寝してるヒト初めて見た」

 まぁ、笑い方が見た目と反してちょっとアレなんだけど。


「ちょっと寝てただけじゃん」

「いーや、完全ガチ寝だったし」


 まぁ、夢見てましたけど。いいじゃん。どうせ食堂で寝てる人、この時間ならそうそう珍しくないじゃん。

 ロッカー棟の端にある社員食堂。普段もだらだらと過ごす人も結構いる。特に今日は、勤務後に時間つぶしで使っている人も多い。わたし含め。


「すいませんね。花ちゃんあがり? ってことは全員あがり?」

「うぃっす。たぶんすぐ来るよん」


 花ちゃんの言葉からすぐ、数人がぞろぞろとやってきた。全員私服で、あがったあと。なのにみんな一緒。こんなとき、いつも中心にいるのはマキちゃん――わたしのトレーナーで、うちの部の人気者。見た目はイケメンなオネエさんだ。


「お疲れさま、平澤」

「お疲れ様でーす」

 ぴらり、と手を振る。周りにいたメンツも口々に騒ぎ出す。


「おつおつー。晴れて良かったねー」

「平さん、なんか顔に跡ついてますけど」

「ヒラ、寝てたもん」

「こんなところでぇ?」

 マキちゃんが呆れた声を出す。

「すいませんねぇ」

「ま、いーけど」


 苦笑したマキちゃんが、パチンッと手を叩いた。


「さってさてー。ヘアセットご希望の方はどちらー?」

「はーい!」

「はいはーい」


 花ちゃんが真っ先に手を上げて、続いてほかの女子が手を上げる。先輩のなかじさん、後輩の辻ちゃんと瀬野、それから、わたし。

 そのために待ってたんだもん。


「おっけー、じゃパパッと仕上げちゃいましょっ。可愛くしちゃうわよーぅ」


 マキちゃんが『商売道具』を取り出してにっこり、笑った。



 頭の上に、お団子ふたつ。ちょっとだけアシンメトリに飾られたお団子には、みんなお揃いの水たまリボン。

 普段なら痛々しくて絶対出来ないこの髪型だけど、いいのです。今日は、いいのです。

 全員で従業員口を出て、でも今日は駅には向かわない。普段とは逆に歩いていき、パークの入場ゲートへ向かう。駅へと向かっていくゲストとすれ違う。それぞれ大きなショッピングバッグも持っていて、みんな笑顔で帰っていく。そんな様子が、なんだか嬉しい。


 ――あれから。

 あの、白雪姫の出来事から数か月。また特に何が起きるでもなく年を越し、年始イベントも過ぎた。マキちゃんとも、あの世界のことは何となくあまり話題にも上らなくなってきつつある。

 日常の仕事に追われて、平和だけど戦争みたいな毎日が過ぎていく。


 そして、今日。

 閉園時間を迎えたゲート前は、人であふれていた。

 ゲスト――ではない。普段なら、キャスト側の面々。

 でも今日は、ゲストだ。

 年に一回のお祭りデー。閉園後のパークを貸し切って行われるキャスト専用のイベント。

 一般キャストはゲストになり、普段あまりメインのゲスト接客はしないSVスーパーバイザー以上の社員キャストが、キャストとして迎えてくれる日。


 ――キャスト・サンクスデーだ。



 パークのメインキャラクターたちが迎えてくれて、ゲートが開かれる。どっと吐き出されるように今日はゲストになったキャストたちが、園内に入っていく。迎えてくれるキャストは、いつもの上司――なのだが、今日は上司がどこにいるか、も不明だ。全然関係のない部署の上司が関係のない恰好をしていたり、そこに普段いないよね? ってところに人がいたりする。さっそく昔クロス(研修で他の部に行くこと)で知り合ったアトラクの上司をエントランスで見つけて写真を撮ったりして。


 中の様子も変わっている。手作りの飾りつけがしてあったり、なんなら普段バックステージでしか見ることがない消防車がパレードルートを回っていたりする。普段は厳格なルールがあるショー性も、正直むちゃくちゃになっていたりもする。ゲスコンの衣装はパーク内全域を動けるのだけれど、例えばファンタジーをテーマにしたエリアにあるアトラクションのキャストは、その制服のままでは別のエリアに行けない。はずが、今日は好き勝手いろんなところにいる。


 正直、カオスである。


 このカオス感こそが、サンクスデー! って感じで、妙にテンションもあがっちゃって楽しい限りだ。


 実際――


「今年も、サンクスデーがやってきました。みなさん、楽しんでいますか!」


 開幕式を行うショーステージの壇上に登った社長の言葉に、わっと歓声が上がる。

 そしてその社長の格好はスーツではない。カストーディアルキャスト――掃除キャストの格好だ。白を基調としたシンプルでさわやかな恰好。社長は毎年これだったりする。お気に入りらしい。


 キャストしか入れないし、キャスト同士ならだれと一緒に楽しんでもいい。別部署の子たちと楽しんでいる人もいるし、カップルで楽しんでいる子たちもいる。


 わたしたちは、まぁ、いつものメンツ、だった。

 部署内でもなんとなく仲がいいメンツ。女子五人に、男子四人。オネエひとり。


「ヒラ、どこ行くー?」

「あー。わたし、ブラックペッパー食べたい」

「え。出てんの、こっちで?」

「らしっすよー。ほら。城裏ワゴンのとこ」

「あ。ほんとだ。いくいく、食べる!」

 配られた本日限りのパンフレットを見ながらワイワイ言い合っていた時だった。


 キャーッ!


 ……きゃー?

 突然、悲鳴のような歓声のような声があがった。また社長がなんかしたか、メインキャラクターが乱入でもしたか、と壇上をみあげて。


 ピシッ、と。

 体中の関節が固まる音がした気がした。


 社長の背後。

 カストーディアル格好の社長の背後に、大きな青緑色のぬめっとした物体。


 巨大で、雑な、身体。


「ゲ」

 マキちゃんが息を呑むのが聞こえた。

 それは。


「……あおむし?」

 いえすピンポン花ちゃん正解!

 ――じゃ、ないし!


「あれ、すげー。でっけー。生っぽいっすね。なんだろ?」

 剛くんが素直な感想を述べている。

「ガチリアルー。ベースなんだろー? 今日のために作ったわけじゃないよねー」

 なかじさん、あの。その。それ。あの。


「平澤っ」

 小声で。マキちゃんが叫びながらわたしの腕をぐいっとひっぱった。顔が強張っている。


「ちょっ、アンタ、あれ、まさかアレ……」

「や、ちょっと分かんないですよっ!」

「アンタ『鍵』はっ!?」


 鍵。そういえば、まだ持っている。とはいえ数か月何もなかったせいですっかり忘れていたのだけれど。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 鞄には入れていたはず。あわててゴソゴソと斜め掛けにしていたポーチの奥を探る。そして。


「あ、あっ……た……?」


 取り出したそれは、たしかに『鍵』だったはずだ。あの後、単体だと無くすかなぁってキーホルダーのネズミつけといたから。目印は間違いないんだけど。けど。

 それは、前回見た時の『林檎』ではなかった。

 ちいさい、ちいさい。


「トランプ……?」

「大統領?」

 ごめん瀬野、今話はいってこないで、面倒くさい。


 ハートのエースのトランプだ。呆然と見下ろしてから、ゆっくり壇上を見上げる。社長は巨大青虫に気が付いたようで、大慌てだ。そしてその慌てっぷりに笑いが起きる。あ。うん。ショー性ばっちりです、ね?


「……ありす、ちゃん……? アナタ、何かあった……の?」

「いや、分かんな――」

 そこまで言いかけて。

 ひゅい、と言葉が喉に戻っていった。

 ふと、思い出す。

 ……あの、食堂でのうたたねで見たものを。


「……あ、あの、マキちゃん……」

「ハイ」

「わたし、あの、夢は見ました」

「ゆめ」

「青虫の」


 マキちゃんが黙ったまま、とってもぬるい笑顔を見せた。


「それで、その……びっくりして、わたし、夢の中で、青虫に何か投げつけたんですけど」

「ええ」

「……それ、今思えば『鍵』だったかなぁ……なん、て……」


 また、きゃーっと悲鳴が上がる。青虫にのっそのっそと追いかけられた社長が、下手に引っ込んでいくところだった。

 のぞのそとした動きの青虫に、かわいいだのきもちわるいだのと歓声が上がる様子を呆然と見やる。

 青虫も壇上から下手へと姿を消すのを見守ってから、マキちゃんがぽつり、とこぼした。


「これ、アンタのせい、ってことね?」


 ……わたしのせいじゃない、もん。

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