オンステでやることじゃない、とおもうんです(4)
◆
口から出まかせ、とか、とりあえず勢いでなんとか、がやたら上達した気がするここ数か月ではあるけれど。まぁ、いい。今後の人生に役に立つかどうかは知らないけど。
「女王」
そっと近づいて、周りのゲストにも微笑みを浮かべながら、ゲストにはお芝居に見えて女王には本当に見えるであろうギリギリのラインを探りながら声をかける。
「おまえはなんだ」
女王が口を開いた。すっごい甲高い耳障りな声。ニコ、と微笑み、その問いには答えずに続きを口にする。
「茶会の準備が整いました。いらしていただけますか?」
訳:いいからちょっと裏にこい。
「ほう? 花は」
「もちろん、女王のお好みの赤い薔薇にございますよ」
訳:とりあえずいいから裏にこい。
女王はふむ、と頷いた後、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。よし、チョロい!
「お前たちもこい」
と、女王が振り返って言った。お前たち? と思うと同時に、そばにあった赤と白のトランプ兵が二体動いた。
うぇ。あれ、オブジェじゃなかったっけ!? ってか、そうか。二体だけがオブジェか?
「え、すごい。動くんだ!」
「え、すごーい、本物みたーい。どうなってんの?」
「薄くね? 中どーなってんの」
動き出したトランプ兵二体に対して、ゲストたちが口々に騒ぎ出す。
ハイソコ! ナカノヒトなんていませんからねっ!(ガチで)
聞こえないふりをして、そろそろとバックステージまで進んでいく。若干歩き方がぎこちないのは許してほしい。後ろついてきているか、ということに全神経をとがらせるしかないんだから。
――そういえばここの地面、一部他の場所と色が違う。その色が変わっているところがティーカップのアトラクションにつながっているんだけれど、それってこの色が変わっているところでは『ティーカップが大きい』のではなく『上を歩いている人が小さくなっている』という設定だったりする。アリスの世界模範で。本当にそうだったらどれだけラクだろう。人目につかずにがーっと女王つかんで走り抜けたい。マジで。
だって、わたしゲスコンであってキャラキャスじゃないんだもん。キャラキャスは、グリーティング――つまり、オンステで挨拶やゲスト交流をする――キャラクターを守ったり、ゲスト整理したりするキャストだから、こういう風にキャラクター引き連れて歩くことはあるだろうけど、ゲスコンコスチュームきてこんなの、普通ないから。ないから。マニアに見られたら即おかしいってバレるから。ビクビクだってしますわぁっ!
それでもなんとかバックステージへの衝立を曲がって入る――と、同時に、後ろの女王を捕まえる手が伸びてきた。
「おつかれ、平澤!」
マキちゃんだ。女王が驚いて声を上げているが、その横でわたしはため息を吐いて膝を折るくらいしか出来ない。つ、疲れた。今までのシンデレラや白雪姫やらのときとは違うメンタルを使う疲労だ。HPじゃなくてMP削られまくってる感じだ。疲れないわけがない。
「やだ、女王」
「何なんだい、お前たち!」
「なんだいなんだいっ、女王だ女王だっ」
「女王様に何をする!」
「女王様に何をする!」
えーい、うるさい。キャラどもめ。
わめく女王とウサギを器用に片手ずつで抑え込み、げんなりした顔をしているマキちゃんが「だまらっしゃい」と小さく呟く。うん、気持ちはよーく分かります。それにしても意外と屈強ですねマキちゃん。細腕なのに。
とかなんとか言ってる場合じゃない。鍵!
「マキちゃんそのままでお願いします!」
言うなり、マキちゃんはそのままぎゅっと女王を抱き寄せた。
「な、なによ……」
トゥンク☆ とでも聞こえそうな目、してますけど、女王。
「勘弁して。じっとして……」
心底嫌そうな声出すの、ちょっと酷くないですかマキちゃん。別にいいけど。
動きを止めた女王に近づき、そっと耳のピアスに手を伸ばす。
――よし、取れた!
「あっ。おまえ、何をするんだい! そのキラキラはわたしのもんだよ!」
「違うわっ!」
叫び返し――そこで、はた、と気が付いた。
……キラキラ。そう。キラキラ、のはずだ。あちらの世界のひとにとって、鍵は光の珠に見えるはず。シンデレラのとき、フェアリー・ゴッドマザーはそう言っていた。
……ってこと、は?
取り返そうとやってくるトランプの兵二体に軽く蹴りをかましながらじっと考える。
「平澤?」
マキちゃんの呼びかけを無視し、よろけて下がるトランプの兵も無視し、わたしは『鍵』を掲げてアリスに向き合った。
「アリスちゃん」
「なぁに?」
「これ、何に見える?」
「ちいさなトランプね」
――で、すよねー?
さっきそう言ってましたもんねー?
「……え?」
マキちゃんも気が付いたらしく、ひきつった声を漏らした。
そう。
アリスには、これはきちんと『トランプ』に見えている、のだ。
――どういうこと?
マキちゃんと目線を交わしあう。と、そこへ別の声が入ってきた。
「ヒラッ!」
花ちゃんだ!
慌てて振り返ると、鬼の形相の花ちゃんがそこにいた。私服でバックステージ入ってきたのか、とは思ったものの、そこはさすがというかなんというか、きっちりキャスト証は首からぶら下げていた。それならまぁ、なんとか。
そしてその手には。
「持ってきたよ、帽子屋」
もはや連れて来たですらない。まぁ、うん、まぁ……いいけど。
帽子屋は、小柄な男だった。水玉模様の蝶ネクタイに大きなシルクハット、という奇天烈な恰好をしている。
「これはこれはお嬢さんがお嬢さん。お茶の時間にようこそ。お茶はいかがかな。いやいらない、ああお茶はどこから来たのか知ってるかい」
うるせえ。
「ありがと、花ちゃん」
「こいつ、城前でお茶会始めようとしててなんか大道芸みたいになりかけてた」
……うん。ほんと連れてきてくれてありがとう……。
さて。だとすればやることは一つ。
「帽子屋さん。こちら、何に見える?」
「おや、キラキラ。キラキラの歌を歌いましょうか。なぁにお茶がわくまでほんの少し」
「うん、いらない。もう用はすんだ」
「え」
帽子屋を無視して、もう一度マキちゃんと視線を交わす。頷く。
「なに。ふたりで目と目で通じ合わないで」
「いや、あのさ、花ちゃん。ちょっとね、今までと違う事態になってましてね」
「どゆことよ」
「んー、それが分かれば悩まないんだけど」
悩みつつ、現象だけを手短に説明する。『鍵』は本来、あちらの世界のひとたちには『光の珠』に見えること。実際チェシャ猫も女王も帽子屋もそう見えている様子だということ。アリスだけが、こちらと同じ見え方をしているということ。
「なんで」
「いやだからそれが分かれば苦労しないんだって」
「考えられることとしては」
静かな声で、マキちゃんが口を開いた。
「――アリスは、こっちの世界側の人間、ということよね?」
「……まぁ、素直に考えればそうですけど、でも、アリスですよ?」
「アナタだってそうでしょ、ありすちゃん」
「名前だけっす」
「だけでも、よ。実際アリスって、アリス・リデルでしょ?」
――アリス・リデル? 何それ?
「あら。おねえさんみたいなおにいさん、わたしのこと知っているの?」
いつの間にかウサギと帽子屋とお茶会を始めようとしていたアリスが、きょとんとマキちゃんを見上げる。女王は傍でふてくされた顔で座っていた。マキちゃんを見つめているから……まぁ、なんだ、マキちゃんに免じておとなしくしてくれているのかもしれない。
「ええ、まぁね」
苦虫を噛み潰したようにマキちゃんが言う。
「えーと、アリスのフルネームってことですか?」
「知らないの、ヒラ? アリスのモデル。実在した子をモデルにして、ルイス・キャロルがお話書いたんだよ」
「知らない」
「知っときなよありすちゃん……」
「だってあのお話怖いんだってば」
得体のしれない恐怖があるんだって。なまじっか名前が同じせいもあるんだろうけれど。
ってことは、なにか? このお嬢ちゃんはガチで『こっち側』という認識でいいのか? だから『トランプ』に見えている?
だとしたらつじつまは合う。合うには合うけど。
「そんなんありですか」
「知らないわよ、でも、そうとしか考えられないじゃない」
「てーかあたし、理屈はいいからこの状況どうにかするべきじゃないかと思うんだけど」
「仰る通りすぎるけどどうしろと」
「送り返せば?」
「……で、また来ると。実際アリスがこっち側の人間で鍵見えてるとしたら、なんかまた来そうな」
「やぁよアタシ、そんな繰り返しの日常……」
「わたしだってヤですよ!」
三人で頭を突き合わせて喧々囂々やっていた時、だった。
ふいに、視界に影が落ちた。太陽に雲でもかかったか、となんとなく振り返って――
『ひっ!?』
三人そろって悲鳴を上げてしまった。
影の正体は、雲じゃなかった。
「ど、どうなってるのぉ!」
おろおろしながら、ぐんぐんと背を伸ばしていく――女の子、だった。
アリスが、巨大化していく。そのために出来た影、だった。
どうなってるの、って、どうなってるのって。
「こっちが聞きたいわーっ!」
――全力で突っ込みを入れるくらいしか、今のわたしには出来ることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます