やることすること教えること(2)

「いい、ありすちゃん」


 わたしが汗だくで城内を駆け巡っている間中、王子と二人で部屋にこもっていたマキちゃんは、部屋から出てくるやいなや、鼻を膨らませたドヤ顔で笑った。


「キレイは、作れるのよ」


 言うや否や、マキちゃんは隠れていた王子の腕をぐっと引っ張った。



『お、おおおおおー!?』



 いつの間にかそこにいた王様ともども、わたしと従者やメイドも揃って歓声をあげた。

 伸びてくねくねのもさもさだった髪は短く切られ、黒一色で重たかった衣装は、白をべースにしたTHE・王子様スタイルに。顔立ちも、なんのことはない、いい男だった。

 ふ、とマキちゃんが笑う。


「癖はあえていかしてニュアンスを感じるエアリースタイルに。メイクはコントロールカラーで明るくしたあと、ベースメイクをしっかり。ニキビ跡と髭剃り後はコンシーラーできっちり消してやったわ。血色悪いのはチークをいれて、各所にシャドウをいれることで顔立ちをすっきりさせて、あとはちょいちょいいじってやったわ。衣装もいろいろ選んだけど、これが一番それっぽいでしょ。こんなもんでどうよ!」


「わ、わしの若いころそっくりじゃあ!」


 嘘つけや。


「ブラボーですマキちゃん。……っていうか、メイクまで出来たんですね……」

 髪だけ頼むつもりだったのに、メイクとスタイリストまでやってのけたよこの人。すげーなぁ。あの紙袋、メイク道具も入ってたんだね……。

「男のたしなみよ」

 ……そうかなぁ。

「ただ、ねぇ」


 マキちゃんがため息を吐いた。王子の背中をばしんっ、と叩く。よろけた王子が、情けない顔でマキちゃんを見上げた。


「あの……あの……」

「あー、もう、うっとうしい!」


 マキちゃんが叫ぶ。


「しゃきっとしなさい! 動きも、美しさの一つよ! 肩を引く、顎を引く、背を丸めない! さっきから言ってるでしょう!?」

「どうせ……どうせ」


 なるほど。外だけ変えても仲は変えられないか。たまにいるんだけどなぁ。外変えたら、つられて中まで変わる人。王子はこのタイプではなかったらしい。


 はぁぁぁぁ、とマキちゃんが長く重いため息を吐く。


「平澤、明日よね?」

「です。明日の夜八時から」

「分かった。それまでちょっと時間ちょうだい。鍛えなおすわ」


 マジか。さすがトレーナー・オブ・トレーナー! かっこよすぎだよマキちゃん。


「頼りにしてます……」

「任せてちょーだい。それでそっちは?」

「あ。はい。たぶん、大丈夫かと。さっきまで、それぞれに機材の使い方を教えてました。動線の確認とかは、明日に」


 さすがにもう、夜遅いので切り上げたのだ。

 マキちゃんがうなずくのを見て、ふと、声が――唇から、声と同時に弱気が漏れた。


「ただ」

「ただ?」


 言おうかどうか一瞬躊躇し、でもすぐに、言うことに決めた。どうせ黙っていたってバレてしまうのだ、このトレーナーには。

 へら、と笑って、言った。


「正直、怖いですね。SV承認もないし、他のリーダーの意見もないし、これであってるかどうか分かんなくて」

「ああ、それなら」


 マキちゃんがくすりと笑った。


「大丈夫。アンタならやれるわよ。リーダーとしてのアンタの資質、アタシ信じてるし」

「……ども」

「アタシの教え子トレーニーですもの、ね?」


 ウィンクと同時に、マキちゃんはぽんっ、とわたしの頭を軽くたたいた。


 その一言で、そっと頭を撫でてくれたその手のぬくもりで。

 実はかすかにふるえていた指先は、落ち着きを取り戻した。

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