やることすること教えること(3)

 時間は残酷なまでに過ぎていく。


 一日なんてあっという間だ。仮眠程度の休憩を経て飛び起きてから、会場内の仕上げにかかる。飾りつけに、各所の蝋燭の補充、掃除、皿の準備やらなにやら。その指示を出しながら、全員の動きを再確認していく。


 その中でやれロープが足りないだの、通路が狭そうだだの、人数の把握方法が上手くいきそうにないだの、細かいアクシデントが発生しては指示の出し直し、プランの練り直しを迫られていく。


 そんな中、前庭の花壇に腰かけて、わたしはふぅ、と息を吐いた。


 さすがに、疲れたなぁ。ここは、花も色とりどり鮮やかで香りもいいし、季節も気候もよくて癒される。


「お疲れさま、平澤」


 こつ、と頭を小突かれる。見上げると、マキちゃんがペットボトルを差し出してくれた。


 ペットボトルはもともと持っていたものだろう。その中に水を詰めたらしい。ありがたく受け取って口をつける。


「ふはー、ありがとうございます」

「頑張ってるわね」

「ちょっと……たのしいです」

「そう」


 くすくす、とマキちゃんが笑う。と、そこへ軽さ極めたお婆さんの声が混じってきた。


「進捗いかがですかぁ?」


 振り返ると、マキちゃんの後ろに、例の妖精お婆さんが笑って立っていた。


「フェアリー・ゴッドマザー」

「あらぁ?」


 マキちゃんの言葉に、お婆さんがきょとんと眼を瞬く。


「あらあら、わたし貴方たちに名乗ったかしらねぇ?」

「名乗ってないですよ、知ってるだけです」


 わたしの若干やけっぱちな台詞に、フェアリー・ゴッドマザーはうふふふ、と笑っただけだ。


「そちらの進捗は?」

「うふふぅ。知ってるんならおしえなーい」


 順調、ということにしておく。


「こっちは、まぁ、舞台装置は……なんとかなりそうです、けど」


 メインショーであるはずの王子がアレである。


「どうっすか。マキちゃん」

「あら。平澤はアタシを信じない?」


 ――お?

 自信満々にニヤリ、と口の端をあげるマキちゃんの表情に、謎の震えが来た。


「そ、それってそれって、つまり?」

「ンフフ。ほら」


 くい、とマキちゃんが顎をしゃくった。視線をやると、そこにひとつ、人影があった。


 やわらかい色の花が咲く花壇の脇に、佇む青年。


 甘い花の香を含んだ風に髪を揺らし、新緑の目がふわりと笑みをかたどる。


 白い衣装は前庭の鮮やかな景色の中で映え、美しい立ち姿をさらに美しく見せている。


 無駄の少ないスマートな動きで彼はこちらに向かって歩き出した。


 わたしの目の前までゆっくりと歩いてくると、その場で膝をつき、わたしの手をとった。


 そしてわたしの手の甲に口づけて――


「ごきげんよう、レディ」



 誰だよお前。



 呆然とするわたしを見て、ホーッホッホッホッ、とマキちゃんが高笑いした。どっかの悪役かあんたは。


「いい、平澤! キレイは、作れる、のよ!! 手の角度、動かし方、スピード、表情の作り方ひとつで、人は変わるのよ!」


 すげえ。


「うつむいてばかりの人間に、気持ちを上向きにしなさいって言ったって耳に届かないわ。そういう時は外からやっちゃうのよ。心と体はどんな時でもリンクするんだから」


 あんたすげえよ、オネエすげえ。


 いや、呆然としている場合じゃない。時間はない。メインがこうなった以上、わたしにだって舞台装置を最後まできっちり仕上げる義務がある!


 ぱんっ、と頬を両手でたたいた。

 よっし、気合いれていくぞ、平澤ありす!


 ――さあ、来なさいシンデレラ! あんたに最高の舞踏会、用意してあげるわ!



 そうして、夜八時。

 舞踏会が始まる鐘が鳴り響く。

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