くちづけ大作戦(1)


 ものすごくあっさりとした白雪姫の発言に、慌てふためいたのは女王だった。


「何を言っているのあなた!? しっ……ししししっ!?」


 しししし。とは。


「だって仕方ないじゃありませんか。わたくし、病に伏せるのなんて嫌ですもの」


 対する白雪姫はやけにあっけらかんとしている。というか、肝が据わっているのかもしれない。


「そうするのがいいんでしょう、鏡さん?」

『死を回避するための、死であれば』

「嫌よーっ!」

「お母様。大丈夫ですわよ、生きてますし、このお方」


 わたしか。

 視線を向けられて、かろうじて笑ってみる。が、女王はいやいやと首を振るだけだった。


「だってあの子は頑丈そうだもの!」


 待てぃ。

 どのつく失礼さだな、おい。


「おかあさま。めちゃくちゃ面倒くさいんですけれど、早く林檎くださいません?」


 ……ここの母娘関係、本当に上手くいってるんだろうか。そっちのほうが気になる。


「あー、待って。待って頂戴。白雪姫」


 マキちゃんが手を上げる。


「念のため聞くけど、アナタ、当てはあるのよね?」

「アテ? 何のですの?」

「いやだから。……なんていうか、その、ある方法をとってくれる相手についてというか」

「お相手が必要なことですの?」


 ……まぁ、そうだよな。なにも説明してないもんな。そんな反応にはなるよな。


「濁されていては分かりませんわ。早くお吐きになって? 楽になりますわよ?」


 犯罪者扱いみたいな言い方やめてください……。

 いやまぁ当然なんだけど、すごい言いづらい……。

 わたしとマキちゃんが言いよどんでいると、鏡がちらちら、とまた瞬いた。


『まぁ端的に言えば、異性からの接吻でございます』


 言いやがったな貴様。


「せっ……」


 女王がしゃっくりみたいな音を立てたかと思うと、そのまま卒倒した。

 ……あーあーあー。どうすんのあれ。

 そっと白雪姫を見ると、彼女は頬を紅潮させてキラキラした目でこちらを見ていた。両手を可愛らしく頬に充てている。


「まぁ♡」

「オーケイ、それ以上何も言うなください」

「えー」

「黙ってお願い」


 白雪姫は可愛らしく拗ねた顔をして見せるけれど、うん、知らん。


「そういうお相手なら、そうですわね、ひとり、心当たりがありますわ」

「こっ……こここっ!?」

「あらお母様。ニワトリさんみたいですわよ」


 ここの母娘関係本当に大丈夫か。

 床に座り込んでいる女王を、マキちゃんが支えている。その女王はほとんど泣きそうな顔をしていた。


「かかか、鏡ぃっ」

『はい』

「その虫、叩き潰して!」

『却下します』


 そりゃそうだ。そこ生命線だ。いろんな意味で。


「えーと、いるのね、そういう心当たりの相手?」


 マキちゃんの問いに、微笑みながら白雪姫が頷く。


「この下の、井戸のところで一度お会いしましたの。お美しい方でした」


 またそれか。大丈夫か本当に。いやまぁ、実際のお話もそんな程度だった気がするけれど。


「うう、美しい人なら大丈夫かもしれないけれどぉ」

「大丈夫ですわ、お母様。美しかったですもの」


 そこの母娘、この件が終わったらちょっと価値観考え直せ。


「うう、でも、でもぉ。悪い虫が、虫が」

「あー、うっとうしい。いい加減腹ぁくくりなさいよ」


 マキちゃん、意外とこういう時容赦ないよね。なんかね。


「子供はいつか必ず親元を去るの。そういうものなの。諦めなさい」

「そうですわよ、いい加減うっとうしいですわ、お母様」


 ……やっぱあんま上手くいってなかったんじゃないかなぁ、関係……


「で、どこの誰だかは分かっているの?」

「お顔しか分かりませんわ」

 おい。

『存じております』

 あ。鏡めっちゃ優秀だった。

『隣国の王子です』

「まぁ、王子様。お顔も美しくてお金もお持ちね! お母様、大丈夫ですわ!」


 ねぇ。それわたしの知ってるプリンセスの台詞じゃない。そんなプリンセスすごいヤだ。


「さくっと死んで、接吻してもらって、責任取っていただきましょうよ!」


 こんなプリンセスすごい嫌なんですけどぉっ!!


「うう。そうね……そうね……がっつり首根っこ捕まえましょう」


 女王。そっちもその性格どうなの。


「……平澤、なんて顔してるの」

「なんか……なんか、もう……突っ込みが追い付かないっていうか口にだすのすら疲れて嫌になったっていうか」

「平澤。突っ込んだら負けの世界ってきっとあるわ」


 ソウデスネ。


「さて、それじゃ、セッティングしましょうか。鏡、あんたも出来るだけのことは手伝いなさい。平澤、いいわね?」

「――あ、はい。やります」


 マキちゃんがにこっと笑って、それからふらり、と傍に寄ってきた。と、思ったら、そのままわたしの肩に顔をうずめる。


「マキちゃん?」

「アタシもやるだけ、やる。がんばる。でもその前に」


 膝に力が入ってないマキちゃんが、絞り出すように呻いた。


「寝かせて」


 ……そうっすね。

 結局その日は出来るだけの情報収集と、小人たちへの根回しを指示して、わたしとマキちゃんは一旦元の世界へ戻ることにした。


 マキちゃん、本当にお疲れ様です。ありがとうございます。

 ――さて、この先が、本番かな。

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