王様と妖精と影の薄いナニか(1)
「いやぁ、あっはっは、ごーぉめんごめーん」
軽い。ひたすら軽いノリで、目の前のBBAが笑っている。
そう。丸いおっさん――というかもはや爺さん――に泣きつかれて呆然とするわたしの前に現れたのは、今度はBB――もとい。お婆さんだった。
どこからともなく現れた彼女は、おっさんと同じく丸かった。丸くて小さくてどことなく可愛らしいお婆さんで、垂れたほっぺでふにゃふにゃ笑ってる。全身を覆う藍色の……なんだろう、レインコートのような服で、なんだか不思議な雰囲気を宿している。
そしてそのまま、彼女はわたしとおっさんをそれはもう驚くべき力で引きずって別の部屋へ行き。
いま、わたしの前にはティーセットが置かれている。
わたしの働く職場にもこんな内装のお店あったなぁ、と感じさせる無駄に豪奢な部屋に、重厚なテーブルがひとつ。座ってるのか座られてるのか分からなくなりそうな飾りのついた椅子に座らされている。細かな模様の入ったティーセットに、隣にはなんだっけこれ、アフタヌーンティーセットだっけ、そんな感じのお菓子が重なったプレート。
「まぁま、食べて食べて」
食えるか。後から違法な値段を請求されそうだ。
「驚かせてごめんねぇ、ちょぉっとお話聞いてくれるかしらぁ」
お婆さんが近所のおばさんたちと同じ仕草でパタパタと手を振る。
「もうほら、王様も泣き止んでっ」
……。
いや。気にしない。王貞治だって王様だ。
落ち着こう。仕事中だったはずだ。仕事中は、そう、何があっても平常心が必要だ。だってわたし、まだ制服を着ている。カフェオレカラーのジャケットに、パンツ。制服を身に着けている間、オンステじゃなくてもキャストはキャストだ!
よし。
ニコ、と笑ってみせる。
「恐れ入りますお客様。こちらの場所と、現状どうなっているのか、お教えいただいてもいいですか?」
「……あなた、肝すわってるのか混乱してるのか分かりづらいわねぇ」
お婆さんがほぉ、と感心したように息を漏らす。
「いいから教えてください」
「うふふぅ、せっかちぃ」
ぴん、とおでこを弾かれる。うわぁ。うわぁ。すごいウザいタイプのお婆さんだこれ。
ジト目になるわたしを無視して、お婆さんは語り始めた。
曰く。この丸いおっさんはこの国の王様で(苗字じゃないと主張する)、困っていると。
曰く。自分は妖精だと。
曰く。ちょっとした「魔法☆」とやらでわたしを「召喚☆」した、と。
ほう。
人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
こちとら夢と魔法の王国の住人だ。
――頭を働かせるのがしんどいから言われたことそのまま受け止めてやるクソが。
「して。困ってること、とはなんでしょうかね」
「すごい目が据わってるけど大丈夫?」
大丈夫なわけがない。
「わしの息子のことなんじゃ」
ずずびぃ、と鼻をすすったおっさ――もとい。王様が、重たく口を開いた。
「ご子息。というと王子様?」
「そうじゃ。もういい加減適齢期なんじゃが、なかなかそういう浮いた話に興味を持たなくてなぁ」
――ははぁん。
ピンと来た。わたし知っている。こういう展開、漫画やゲームでよく見るあれでしょう。
まぁね、まぁね。いいじゃない、そういう展開があっても? どうせここまで訳の分からない展開ならお約束通りあれいって頂きましょう?
「つまり」
精一杯の笑顔を向けてみる。
「わたしに結婚相手になれと?」
王様とお婆さんが固まった。待って。何その反応。
お互い目を合わせてから、わたしを上から下まで真顔で凝視する。それから、無の一言で表せられるような表情のまま、言った。
『それはない』
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