王様と妖精と影の薄いナニか(2)
ハモんな。ハモらないでください。お願いします。傷つくから。ストレートに傷つくから。頼むから。
わたしだっていい加減そういう年に差し掛かりつつあるんですよ!
「じゃあなんでわたしを呼んだわけ!?」
「いや、なんとなく?」
「理由を説明できないで何しでかしとるんすかね、あぁたがたは!?」
「いやだって、手助けしてくれそうな都合のよさそうな人を占ったらあなただった的な?」
都合のよさそうなってなんだ、占いってなんだ。
責任を他人に押し付けるタイプのBBAだこれー!
いらだちを抑えるために手元にあった紅茶をぐっと飲み干す。あ、おいしい。じゃなくて。飲んじゃったよ。法外な値段請求されたらどうしよう。
「……わたし、仕事中なんで財布ロッカーですから。持ってませんから、お金」
「とらないわよ、変なこと言わないで」
お婆さんが困ったわ、と苦笑する。
「……それで?」
「あ、ああ」
王様がうなずく。少しずれた帽子を押さえながら、視線をなぜか部屋の隅にちらり、と飛ばしながら口を開いた。
「一応明日の夜に、舞踏会の予定なんじゃが」
「めっちゃすぐですね」
舞踏会――の会議中だったんだけどなぁ、こっちは。いやまぁ、こっちはショーですが。
「どうもなんか、この妖精さんは、このままじゃあ上手くいかん、と言っててのう」
「……あー、つまり、そっちを手伝えと」
「そうなるかしらぁ?」
と、お婆さんが部屋の隅に視線をやる。
「国中の若い娘を呼んだんじゃが、まだ準備も終わってないしのぉ」
「それは無能ですね」
前日で何ができるのか。今やれすぐやれ準備しろ。
「まぁ、そっちも心配だしぃ」
お婆さんが苦笑しながらまた、ちらり、と視線をそらす。王様も視線をちらり。
二人して何をさっきからちらちらと、と、つられて視線をそっちにやる。部屋の隅に甲冑――っていうんだっけ、あれ――が置いてあって、それから。
……ん? 甲冑がもう一つ――じゃない。
あれ?
「……人がいる!?」
「……先ほどから……ずっと……あの……います……」
蚊の鳴くような声でぼそぼそっとつぶやきが返ってくる。びっくりした。びっくりした。びっくりした!
壁に同化しそうな暗い雰囲気の男性がひとり、そこに立っていたのだ。
「うっわ、びっくりした。あー、お付きの人的な?」
わたしたちの会話の邪魔にならないように、気配消してたとか?
「いやいや。わしの息子じゃ」
「ああ、ご子息でしたか」
なるほど納得――出来ません。
「王子ぃ!?」
思わず叫ぶと声がひっくり返った。慌てて近寄ってみる。びくぅ、とその人物は肩を震わせた。
背は高い。が、たぶんマキちゃんよりは低い。一八〇いかないくらいか。細身、というにはすこし痩せすぎで、たぶん高価で豪華なんであろう黒の衣装が驚くほどに似合っていない。髪は黒で、伸びすぎていてぼさぼさでくねくね。顔にかかりすぎてて表情は読めないし、そもそもしっかり顔も見えない。その上ビクついているもんだから、なんというかもう。
「これはない」
「……本人目の前にして言わないでください……傷つきますから……率直に傷つきますから……」
ごめんなさい。
さすがに申し訳なくなって、頭を下げておく。それにしても、なぜあの丸い王様からこんな鉛筆みたいな王子様が生まれるんだろう。食事が悪いわけもないだろうに。
母親のことを聞こうか、とは思ったが、まぁこの場にいないんだから何かしらの事情があるのだろう。聞かないほうが無難だと判断しておく。
しかしまぁ、王子がこれとは。
「ご結婚、なさるんで?」
「……私は……別に」
ノリ気じゃないようだ。
「……いいんです、結婚とか……どうせ、だれも私に興味などないですし……本さえあれば……本だけあれば、妄想で生きていけますし」
だめじゃんこれ。
王様に向き直る。
「血筋絶えて仕方なし」
「困るんじゃ。残念ながら王子はそれしかおらん」
「……しか……しかですよ……どうせ、どうせ……」
うぜえ男である。
それにしても、じゃあ、何か。これを何とかして、舞踏会をなんとか成功させろと。
「頼む。じじいの頼みじゃ」
「そうよー。そのために呼び出したんだしぃ」
「却下です」
笑顔できっぱりと言ってのけた。
「意味分かんないですし、助ける謂われないですし、ただ働きとかまっぴらごめんですし、こちとらそもそも仕事中ですし、何とかできるとも思えませんし、心の底からお断り申し上げます」
「冷たい」
「冷たくていいですから、もとの場所へ帰してください。仕事中なんですって」
ぷく、とお婆さんが頬を膨らませる。その脇で王子がのの字を書いているが――絨毯が絨毯なだけにまぁ見事に跡がつく――鬱陶しいので無視をする。
「まぁいいわぁ。とりあえず、鍵、持ってるでしょ?」
鍵?
言われて頭を巡らせるまでもなく、脳裏に浮かんだのはあれだった。
拾ったちいさなガラスの靴。
ポケットに手を突っ込んでみる。いつの間にかそこにきっちりとある。
「そうそうそれそれ。私たちにはそれは、光の珠に見えるのよぉ」
「光の珠?」
ガラスの靴じゃなくて?
お婆さんはにっこりと微笑みながら、どこからともなく出した細く長い棒でつん、とわたしの手の中のそれを突っついた。
「見え方の違いが、世界の違い。あちらとこちらを繋ぐもの。媒介ね。これに触れていれば、その人物は行き来出来るわ」
媒介、ねぇ。よく分かんないけれど。
「あと衝撃ね」
「しょうげき」
唐突に物騒な台詞である。
「前後不覚になって脳みそがパーってなったらほら、つながる世界もあるじゃない?」
それあかんやつでは。
胸中でのわたしの言葉はもちろん彼女には届かない。
「一度、帰してあげるわ。でもきっと、すぐにこっちに来るわ。だってそちらにもきっと、影響あるもの」
「えいきょう……?」
不穏な響きに、胸の奥がぎゅうっとする。ああ、いやだそれ。なんかすごく嫌な予感がする。
「じゃ、そういうことで。いくわよー」
お婆さんが杖を振り上げる。
――待て。いや待って。待って!?
それってもしかして――
「ビビディ・バビディ・ブー!」
ガンッと前頭部に衝撃が走った。
視界が白く揺らいでいく。
ああ、やっぱり。やっぱりそうか。そうなのか。
物理じゃないか。
いらないだろ、その呪文!
――心の中の突っ込みは、どこへも届かず衝撃とともに星と散った。
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