親バカ女王様のご依頼(3)
◆
「おぉそぉいぃいい!」
つくなり。
待っていたのは涙でデロデロになった女王の顔だった。
いやだから。あっちの王様もあんたも、なんでそんな人に縋りつくんですか。そしていそいそと身をはがして、ひとりなに脱出してるんですかマキちゃん。
「……すみません。ちょっと色々ありまして」
「遅い! 遅いわよっ! 待ってたんだから!」
めそめそしながら女王が抱き着いたまま言う。
「聞いてよう! 見つけたのっ、見つけたのよ、あの子の居場所!」
「そりゃ良かったですね」
ひとつ、仕事が減ったらしい。ところが、女王は全力で首を横に振った。
「よっくないっ! あれを見て!? 鏡!」
『はい』
アレ、だけで鏡は瞬時に言われたことを理解したようだ。うーん。siriやらGoogleより頭いいな、あの鏡。
鏡はぶわんと不思議な音を立てて、映像をその身に映し出した。
深い深い森の奥。少し小ぶりな木の家。
「……これ、映像映している元って何なんでしょうね」
『その辺の動物の目を借りています』
マキちゃんに訊いたのに、まさかの鏡本人からの答えが返ってきた。マジか。動物の目を通しての映像なのかこれ。すごいな。
その小屋から、小さなおっさんたちが列をなして出てきた。何やら楽しそうに歌っているようだが、音はさすがに聞こえないらしい。
七人の小人だ。本当に小人サイズ、らしい。頭が大きく足が短くすこしアンバランスだ。
そしてその最後尾を見送るように、美しい少女が顔を出した。
陶磁器のように真っ白な肌。夜のような真っ黒な髪。そして、鮮やかな赤い唇。白雪姫だ。
「まぁ、美人さんねぇ」
「でっしょー! 超かわいいでしょー! うちの子最高なのぉ」
マキちゃんの呟きにきゃっきゃとはしゃいだ直後、女王はがくっと膝を落として頭を抱え込んだ。ああ、喜怒哀楽の表現が異常に激しい人って大体めんどくさい。
「なのに、なのにあれはなに。あの周りを飛び回ってる小さいハエはなに」
ハエて。
「七匹もいたわ……ぶんぶん飛び回って、ああ汚らしい」
小人です。ひでえなおい。
「燃やしたい」
『やめなさい』
さすがにマキちゃんとわたしの制止の声がかぶさった。女王はすわった目のままこちらを見ると、低い声で、告げた。
「じゃーはやくあれ、何とかして」
無茶を言うなぁ。
……それにあれは、わるいむし、ではなく。
どっちかというとこのあとに、本命の悪い虫(王子)がいることをわたしもマキちゃんも知っているわけで。
――まぁとりあえず。
女王の睨みを受け続けているわけにもいかないので、わたしとマキちゃんは森へと繰り出すのだった。
◆
めっちゃ警戒された。
……いやまぁ、まぁね。見知らぬ二人が突然やってきて、しかもその二人がおそらく彼女からしたら見たことがないであろうユニクロスタイルで、だとそりゃまぁ、警戒もするわな。分かるけれど。にしても、あの、扉ノックしただけで『間に合ってますんで』だけの応答は、なんていうか。独り暮らしの女子大生かなんかみたいだった。宗教勧誘でもNHKの集金でもないんですけれど。
とりあえず家出の理由とかそういうものを聞き出したかっただけなのに、どうしようもなく。
かろうじて出来たのは、森にいた小人を取っ捕まえて、事情を聞き出すことだけだった。
小人は、マキちゃんが取っ捕まえた。
……いや、だいじょうぶ。手荒な真似をしたわけではなく、その辺にいた小人に、ニコニコと『精が出ますねー』とか言いながら近づいていって世間話をしただけだから。この手の動きは、たぶんわたしよりマキちゃんのほうがずっと上手い。
わたしはその横で微笑みながら会釈していただけです。
しばらく世間話をした後、そういえば、と思い出したようにマキちゃんが切り出した。
「今朝、その先の小屋のあたりで、すっごーく美しいお嬢さんを見かけたの。知ってるー? 美人さんだったのよぉ」
「あー、知ってる知ってる!」
「ほんと、綺麗だよねぇ白雪姫は」
小人の……たぶん、先生とごきげん(だったと思う。ごめん、七人の見分けいまいちついていない)は、ニコニコ頷いた。
「逃げてきたんだよー」
「あら、逃げて、って?」
「ふんっ」
と、鼻を鳴らしたのは小人のひとり。これははっきり分かる。おこりんぼだ。
「あの娘、母親に命を狙われているんだ」
――そう、言い切られて。
わたしは思わず眉根を寄せたが、マキちゃんはきゃ、と短い悲鳴をあげただけだった。
「やっだ、怖いわねぇ」
「だろー? だから、かくまってやってるんだ。――あ、内緒だぞ?」
「もちろんよぉ! やーだやだ、怖い怖いっ」
かわいらしくお芝居するマキちゃんは、ちらり、と一瞬だけまじめな視線をわたしに寄越す。
分かっている。
何かがおかしいわよ、ということだ。
たしかに物語の通りだとすれば、女王は白雪姫の命を狙っている。それを知った部下が告げ口をして、白雪姫は森へ逃げ込むのだ。それがもとのお話だ。とはいえ、この世界は少し違う。あの白雪姫べたぼれ馬鹿親が、そんな真似をするとは思えなかった。
何かが少しずれている。
何かが少しおかしい。
その引っ掛かりだけを残して、小人たちはハイホーハイホー歌いながら、仕事場という森の奥へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます