オンステでやることじゃない、とおもうんです(3)
◆
あっちもこっちも女王だし、あっちもこっちも王子だし、何でもかんでもワンパターンすぎるんだよ『彼』はー!
――とかなんとか、八つ当たりしたところで自体が改善するわけでもない。
現実問題、解決しなきゃいけないことははっきりしている。
いち。花ちゃんを取り返す。
に。こいつら送り返す。
さん。出来れば『彼』をぶん殴りたい。
それも全部、ゲストに知られないように、だ。
最悪、キャストはいい。昨日のサンクスデーのこともあるし、ある程度は何とかなるし、ならなかったとしても『彼』の仕業で同じ境遇なわけだから一緒にげんなりしてもらう理由はある。そこまでわたしが責任負う必要はない。
でも、ゲストは巻き込めない。それは絶対だ。
「平澤。まず把握ね。誰が何人来ているのか、現時点でどこにいるのか」
「はい。――平澤です。剛くんに伝達願います。何かあったら、教えてください。それだけで分かると思うので。以上」
ほとんど暗号みたいになった無線に、けれど、よく分かんないけど了解ー、と声が返ってきた。ありがたい。たぶんこれで、ちょっと事態がおかしいことに剛くんは気づいてくれるはず。――とはいっても、もう剛くんのいったステージ、ショー開始時刻だからこっちに手をかけている暇はないだろうけれど。
「女王……女王ね。ハートのね?」
「そうよ。知ってるの? すっごーくおこりんぼなのよ!」
「知ってますとも。今どこにいるか分かる?」
「ええい、どけどけ、オイラァそこへ行かないといけないんだ」
「動かないで不審物!」
マキちゃん、さすがにそれ酷い。
「オイラ……オイラ……」
あ、ほら。へこんじゃったじゃないですか。
「って、あの、時計ウサギ? どこへ行くつもりだったの?」
「女王のところへさ」
「どこにいるのか知ってるの?」
「トランプの国さ!」
う。うーむ。たしかにそんなような話だった気もするけれど。
「平澤。ちょうどバスくるわ。裏からファンタジー行ってみましょう。トランプの国、あるわ」
見ると、ちょうどバックステージを走るキャスト用のバスが来るところだった。確かに、ファンタジーランドにはアリスをモチーフにしたアトラクションと飲食施設がある。レストランのほうは、女王の城をモチーフとしたものだ。賭けるなら、そこしかない。
ゲストっぽい迷子っぽい女の子と謎のウサギを抱えてキャスト用のバスに乗るのは、心底度胸が必要だったけれど、そこはもう、諦めた。
遠巻きに感じる何事だアレ、という視線を無視して、とにかくバスが進むのに任せるだけだ。チクチク視線が刺さる時間を何とかやり過ごして、ファンタジー裏に到着した。バスを降りる。
「あの、マキちゃん。わたしこっち側、昔ヘルプで来たくらいであんま道分かんないんですけど」
「大丈夫、こっちよ」
バックステージは何かと分かりにくいので、素直にマキちゃんについていく。
アトラクション脇から、オンステージへ出るための扉が見えた。
「出てすぐ、クイーンオブハートがあるわ。ただ」
「……ですね。わたしだけで行ってきます」
「えーっ、どうしてなのー?」
「なんだいなんだいなんだいっ」
あんたらを外に出せないからに決まってんでしょうが!
そうはっきり言いたい気持ちを飲み込んで、マキちゃんにアリスとウサギを押し付ける。マキちゃんはものすごく苦虫をつぶしたような顔をしていたけれど、ぺこりと頭を下げて、わたしはその場をあとにした。
オンステに出るとすぐ、賑やかなBGMが聞こえだす。この音楽が、バックステージの現実感から切り離す大事な役割をしているな、といつも思う。キャストらしくスマートに。走らず騒がず穏やかに! さくさくとクイーンオブハート――ハートの女王のレストランへ向かう。
そして。
「……うぁ」
うめき声にもならない何かが、喉の奥でつぶれた。
クイーンオブハート。そのレストランの前。
でっぷり太って、ものすごく不機嫌そうな顔をした、奇怪な恰好の女性がひとり。
――ハートの女王様。
「ほんとにいるし……」
やっぱりというかなんというか、フェイスキャラクターだと誤解されているらしく、周りには人だかりができている。ま、まだファンタジーで良かった……のだろうか……どうかな。
「ヒラッ!」
突然、呼ばれて。ぐいっと肩を引かれた。
驚いて振り返り――
「っ、花ちゃん!」
思わず、わたしは叫んでいた。
昨日と同じ若干浮かれた格好のままの花ちゃんが、そこにいたのだ。そのままぐっ、と花ちゃんはわたしの襟元を引っ掴んで顔を寄せてきた。
「意味分かんない意味分かんない意味分かんないマジ意味分かんないんですけど」
「で、です、よね。あの。ここ、オンステ。オンステ。あとで説明する、から」
ぱっと見キャストが悪質なクレーマーに絡まれてるようにしか見えない。セキュリティキャストが飛んできてしまう。
「あとで肉」
おごれってことだろう。いやもう、仕方ないので頷くしか出来ない。おごれる状態で良かった。無事で良かった。
花ちゃんは完全に不機嫌な顔でわたしから手を放す。オンステにあるまじき鬼の形相ではあるけれど、まぁ制服着てないからいいだろう。たぶん。
「――死ぬかと思った」
「だ……ろうねぇ……」
よく知らないけれど、たしかハートの女王様の口癖って『首をはねろ!』とかなんとか、そういう物騒なものだった気がするし。
「まぁ、あとで。で、どうするのヒラ。これ」
「どうしようか……あ、アリスとウサギは確保してあるんだけど」
「あ、ほんと? あとこっち来てるの、チェシャ猫と帽子屋がいるはず。トランプの兵隊もいたかもしんない」
花ちゃんのもはや自棄な口調に、頭が痛い。
「全部まとめて追い返したいんだけどさ。そのための『鍵』、女王が持ってるみたいで」
――と、耳に雑音が入った。無線だ。
『ヒラさん! 聞こえますか、春日です!』
剛くんだ。テンパってんのか、無線のルールがなってないけど。
「聞こえます、どうぞ」
『帽子屋いました、城前です、どうぞ!』
……マジか。
「りょ……うかい。こっちは、インパ中の籠井を見つけました、どうぞ」
『あ、良かった。えっとあととりあえず、こっちラインカットっす。俺、入り口なんで動けません、どうぞ』
「うん、ありがとう。こっちでなんとかします、どうぞ」
『頼んます。春日以上』
城前。帽子屋。なんとかせめて、こっちに――ファンタジーランドに連れてきたい。それならまだ、なんとかなる。
「花ちゃん、お願いしていい? 帽子屋が、城前にいるらしくって……」
「連れてくる」
めっちゃ早い。すごい。かっこいい。
すたすた歩きだした花ちゃんは、少ししてから振り返った。
「にく」
――はい。
うう。お財布が痛そうだ。
それでも、花ちゃんだけに仕事をさせるわけにはいかない。
あといないのは、チェシャ猫とトランプの兵隊だけど、チェシャ猫はまた神出鬼没にその辺に現れるだろうし、トランプの兵隊は女王の側にいるはずだ。だとすれば、とにかく『鍵』を見つけないといけない。
今できるのは、それだけだ。
女王に近づく。フリーグリーティング状態でわやくちゃにされているので、あんまり近づいたら写真撮ってください攻撃に巻き込まれかねないので、少しだけ距離を置いて。
じっと、見る。視力はいいのだ。
どこかに、鍵はあるか。ちいさな、トランプカード。
「あれ、か!」
小声でつぶやく。女王がつけているイヤリング。片方は金色のもので、片方だけがちいさなトランプ型になっていた。
きっとあれが、今回の『鍵』だ。
さあ、とりかえして、とっとと追い返してやるからね、ハートの女王様!
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