オンステでやることじゃない、とおもうんです(2)



 最悪だ。


 絶望感が身体中を侵していくのが分かる。

 ゲストに迷惑はかけられない。大前提だ。今日はサンクスデーじゃない。なのに。


 なんであの子は、パートナーズ像前で、ゲストと写真を撮っているのでしょう……?


「やばいっすよね、あれ」


 剛くんが呟く。曖昧に頷くしか出来なかった。JK? JD? 女子グループに囲まれて、かわいいー! なんてはしゃがれながら、めっちゃ写真撮られまくってる。グリーティングじゃねぇか。


「フェイスだとでも思ってんすかね、あのゲスト」

「いや……たぶん単にコスプレした小さいゲストとか思ってるんだと思うよ……」

 だとしたら周りに親がいないことを疑問に思ってほしい。


「って、やば。時間やばいよね、剛くん、行っていいよ。こっちはなんとかする」

「大丈夫っすか?」

「まぁ、なんとか」

「ヒラさん、子ども苦手じゃないっすか」

 うっさいな。

「大丈夫だよ。トレーナー信用してくれ。いいから、なんかあったら無線飛ばすから」

「うぃっす」


 ちょっと心配そうな顔のまま、剛くんが去っていく。まぁ実際、苦手だけどもさ。剛くんをあんまり巻き込んでばかりもいられないし。いやいまさらだけども。

 無線で、剛くんのいく現場のリーダーに連絡する。こっちの用事で引き留めてしまっていたから、今そっちにいった。よろしく。と伝える。フォローしとかないと、現場入り遅れるとなにかと面倒だしね。


 その後、ふぅと息を吐いた。仕方ない。腹、くくるしかない。

 ゆっくり、アリスと写真を撮っているグループに寄っていく。


「こんにちは! いいお写真撮れてますかー?」

「はーい、撮ってまーす!」


 キャストスマイルに、ゲストはにっこり答えてくれる。アリスはきょとんとしたまま、こちらを見上げて、あら? と呟いた。


「おねえさん、あの時の」

 オーケイ、ちょっと黙ってね。

「こんにちは、リトル・アリス。素敵なお洋服ね」

「ありがとう、おねえさん」

 しゃがんで視線を合わせて、なるべく『迷子ゲスト』対応らしく対応する。


 それから、女子グループのひとりに声をかけた。

「この子もお連れ様ですか?」

「あ、ちがいますー。なんかー、かわいくてー」


 なんかー、じゃないです……。


「あら。じゃあ、親御さんとかも知りませんか?」

「そういえば知らないですー。迷子ー?」

 そういえばそうだねー、と女子グループが話し出す。わたしは心底驚いた顔をして見せて、

「そうだったんですね。じゃあちょっと、親御さん一緒に探してきます」

 と、アリスの手を取って頭を下げた。


「あ、そっかー。キャストさんお願いしますー」

「ばいばいねー、アリスちゃーん」


 女子大生が手を振ってくれるのに手を振り返しながら、そそくさとその場を去る。

 ――よし、脱出成功!


「しつれいね、わたし、迷子じゃないわ」

 と、アリスはぷんすかしたあと、あら? とひとりで首を傾げてた。

「迷子。迷子なのかしら? そもそも迷子ってどういうことかしら」

 哲学とか、いらないです……。


 そっと無線のマイクをいじった。この無線はパークワイド無線ではなく、部署内無線なので、ややラフでも大丈夫なものだ。


「平澤です。現在迷子対応中。このまま迷子センター向かいます。以上」


 マキちゃんか剛くんが聞いていればいいだけなので、どうぞ、と続けることなく一方的に告げるだけ告げて切る。つもりだったのだが、交信が入った。


「牧野です。平澤、その後から、そのままバックこれるかしら、どうぞ」


 ――でも、か。でも、いい、ということは、そうでなくてもいい、ということだ。

 つまり、アリスを連れて裏にこい、ということ。


「了解です。向かいます。どうぞ」

「よろしく。牧野以上」


 無線通話が終わる。よし。絶対連れていく。絶対この手を離さない。


「ねえおねえさん」

「なんでしょう」

「ここ、どこかしら。わたし、ウサギを探しているのよ」

「……ウサギですか」

「そうよ! チョッキを着て、時計を持っているふしぎなウサギなの!」


 話しながら、迷子センターへ向かう。迷子センターの脇からすぐバックステージに入れる場所がある。マキちゃんのあの言い分だと、おそらくそこで待っているだろうと思うのだが。


「いや、ウサギはいいんですけど、昨日のもう一人のおねえさん知らないですかね」

「ああ、あのおねえさんなら」


 アリスが何かを言いかけたのと、迷子センター脇からバックステージへ足を踏み入れかけたのはほぼ同時だった。

 そして、目の前をそれが横切るのも。



 ――チョッキを着て、時計を持った、二足歩行のウサギ。



「ああ、忙しい忙しい!」

「あ、ウサギさん!」


 ちょ……っと待てい。

 ウサギも来てるのー!?


「だ、だめえーっ!」


 慌ててウサギに飛びついた。抑え込む。無理。無理。いくらなんでも、誤魔化しきれないこんな生き物!


「平澤!?」


 声を聞いたのだろう。マキちゃんがバックステージから飛び出してきて、それから、うげ、と声を上げるのが聞こえた。


「マキちゃん、ごめんなさい、これ!」

 言って、ウサギをぶん投げる!

「ちょっ」

 無茶な行動に、でもマキちゃんはなんとかウサギを捕まえてくれた。


「バックへ! ここ、トゥモロー!」

「そっ、そうね!」


 迷子センターは、近未来を模したエリア、トゥモローランドにある。いくらなんでも、近未来にチョッキを着たウサギはない。ショー性もテーマ性もダダ崩れになってしまう。


 ……いや、ファンタジーだからいいとか、そういうもんでもないとは思うんだけどさ……


 ウサギを抱いたマキちゃんがバックへすぐに下がる。その後を追いかけて、わたしもアリスの手を引いてバックへと入った。


 一気に現実味溢れるバックステージで、ウサギはマキちゃんの腕の中でバタバタしていた。


「なんだいなんだいおまいらはっ! オイラァ、忙しいんだぃ!」

「ええい、ちょっとバタバタしないでちょうだいっ! 鍵は!? 持ってるのでしょ!?」

「鍵って、昨日のちいさいトランプカードのこと?」


 ――と、聞いたのはアリスだった。


「そ、そう! 誰が今持ってるの!? そんで、花ちゃんは!?」


 アリスとウサギがこっちに来ている、ということは、こちらに今鍵があるはずだ。だとすれば、花ちゃんも来ているかもしれない。来ていないにしても、鍵さえあればこっちから迎えにだって行ける!


「んっと、たぶん女王様が」


 ……じょおうさま。だと。


「あのおねえさんも一緒だと思うわ」

「……あの。なんにん、きてるの……?」


 ぞっとして、震える声で尋ねてみる。アリスは首を傾げて、ちいさく「たくさん」と答えた。


「どーやって!? あんなちっさいものに、同時に触れられる人数なんて限られてますよねっ!?」

「それはだって」


 アリスがポケットをごそごそと探った。


「これ飲んだら、みんな小さくなっちゃったから、問題なかったわ」


 アリスが取り出した小瓶には、こう書いてあった。


『わたしを飲んで』



 ――ありましたね、そういえば、そんなアイテム。

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