送り返したかっただけなんです(1)
真冬の冷たい風が吹き抜ける。シュポポポポッと煙を吐く真っ赤な車体。格好いいはずなのに、その上に気持ち悪いものが乗っている。
わたしとマキちゃんはもはや無言のまま、汽車の乗り場へと足を進める。そんなに並んでもいない。とりあえず人波に謝りながら乗り場まで来たとき、タイミングよく汽車が戻ってきた。
が。
プポォーッと景気良い汽笛の音とともにホームへ入ってきてくれたのはいいのだけど。上、って。どうしろと。
「平澤」
「はい」
「お願いしていいかしら」
真顔だった。というか、若干ひきつってる。本当に青虫苦手っぽい。
……とすると、断りづらいなぁ。
「あのぉ」
乗り場キャスト――だからたぶんどっかの部のSVか、それ以上かの社員――に声をかける。
「その青虫、降ろしたいんですけど……」
「あー、うん、俺も」
俺もて。
「なんかぺっとり張り付いちゃってて、取れないんだよね」
「はぁ」
「まぁいっかぁって」
いいんかい。
「……で、これ、なに?」
「青虫……ですかね」
「……だ、よねぇ」
社長に襲い掛かってたやつだよねぇ、と言われ、ただただ無言で頷くしか出来ない。そのまま無言で顔を見合わせる。
「……ん、とりあえず乗る?」
どうしてこの人も、この青虫についてそれ以上突っ込んでこないんだろう。夢と魔法の王国のキャスト、なんかいろいろ、適当に受け入れすぎではないだろうか。いや、全力で人のこと言えた義理ではないんだけど。
普段からこのパークには魔法がかかっているし、キャストもまぁそういうのなんとなく受け入れてしまいがちになるのかもしれないけれど。実際オカルト的な話はあちこちで聞くし、なんなら朝礼で『そういう人たちもいるかもしれませんが、そういう人たちにもハピネスを届けましょう』とかあほな通達流れたりもするんだけど。
……たぶんこれ、それに輪をかけて、サンクスデーのカオスが効いているんだろうな……
結局、マキちゃんにアリスとチェシャ猫探索を任せつつ、わたしは青虫の見張りかねて、汽車に乗ることになった。
まあここなら、一部エリア上から見降ろせますし。
とはいえ。
「……もう、なにがなんだか……」
どこまで誤魔化しきいてんだか、何も誤魔化せてないのか。それすら分からなくって、ただただ愚痴るしか出来なかった。
……汽車、寒いなぁ。
◆
『ヒラー。今何してんの?』
スマホから、喧騒とともに花ちゃんの声がする。
「えっと……汽車乗ってる」
『……青虫と?』
「……そぉ」
花ちゃんが黙り込んだ。ざわざわと、喧騒だけが聞こえてくる。
『ねぇヒラ。うちの部署メンツ、わりと皆アホらしくってさ』
「知ってる」
『とりあえずマジで心配して頭抱えてンの、あたしと剛くんだけっぽいんだよね。うちら、真面目だからさぁ』
「知ってる」
同期の花ちゃんと、後輩――で、実はわたしのトレーニーでもある剛くんの真面目っぷりは、ちゃんと知ってる。
『で、聞くけど。あんたとマキちゃん、アレが何か知ってるんだよ、ね?』
「そうっすね……」
『オーケイ。後で合流。しかるのち説明。
……まぁ、そうなるよね。ですよね。
面倒くさいことになったな、とは思うのだけど、それよりなにより、心のどこかでほっとしていた。
わたしの同期とわたしの息子、まともで良かったな、って。
「
短く答え、通話を終える。
視線を上へ。汽車の幌(ほろ)から透けて見える大きな影。すこし身体をずらしてもう一度見上げると、なんか気持ち悪いひらひらした青緑色のものがかすかに見える。
うん、いる。
若干げんなりして下を見る。汽車はパーク内の河の側を通っていく。橋を渡り、眼下にはファンタジーランドとウエスタンランドのちょうど境目が見えた。そして。
「――ッ!」
とっさに立ち上がりかけて、慌てて座りなおした。乗車中は立ってはいけません! 安全第一!
それでも顔を出すのはこらえられなかった。
――小さな、金色の頭を見つけたから。
あわててスマホでマキちゃんに通話をかける。
「マキちゃん! いました、アリス! ファンタジーとウエスタンの間、クリッター側! ウエスタンに向かって走ってました!」
『わっ、分かったわ! 向かうわ!』
「花ちゃんと剛くんも向かわせます!」
『えっ。え……?』
「あの二人は誤魔化せなかったぽいです。なかじさんたちは気にしてなかったらしいんですけど」
『……なかじは、まぁ……』
なかじさん、マキちゃんと入社時期は近かったと思うのだけど、その反応ってどういうことなんだろう。いやいいけど。
「花ちゃんと剛くんは、あとで説明しなきゃいけないくさいんですけど、たぶん、手伝ってはくれると思うので。三人でなんとか、こっちに連れてこれませんか、アリスたち」
わたしの提案に、マキちゃんは賛同してくれた。とりあえずあの二匹とひとりは纏めないと話にならない。そのまま、花ちゃんに連絡をとる。剛くんも一緒だったらしく、話はスムーズだった。
汽車は止まらない。青虫を乗せたまま、もとの乗り場へ向かって走り続ける。
その間、わたしは祈るしか出来ない。
どうか。どうか。
がんばれ、みんな。
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