エピローグ
「……はぁーっ」
少しの間を置いて大きな息を吐いたのは花ちゃんだった。そのままその場にへたり込む。
「つっかれた。眠い。おなかすいた。死ぬ」
「ごめん、ほんっとごめん……説明は」
「後日にして。眠い。あたし帰る。寝る。飯を食う」
大事ですね……。
へたり込んだ花ちゃんの肩を支えながら立たせる。
「裏から帰るよね? バス停まで歩ける?」
「うん。あんたらは?」
「十一時入り」
「マジかよこのあと入りかよ正気かよ」
正気だけど正直すでに疲れてはいる。
「まぁ、なんとかやるよ。家ひとりで帰れる?」
「大丈夫」
「籠井、いろいろ面倒かけてごめんなさいね」
「いいっすいいっす。同期のためですし」
ニヤッ、と花ちゃんが笑う。ありがたいことで。
三人でキャストバスの停留所へゆっくり向かい、やってきたバスに花ちゃんを乗せて見送った。
「お疲れ、平澤」
「マキちゃんこそ」
「今回アタシ、何もしてないわ。それより、見送っちゃったけど、バス乗っても良かったのよ?」
まぁ、確かに。バスに乗ったほうが早いのは確かだ。寒くないし。
でも、見送るのを選んだのはわたしだった。
「んー、ちょっと、オンステ歩きたくて。マキちゃんこそ、乗っても良かったのに」
「最後まで付き合わせなさいな」
「すみません」
ちょっと笑って、またオンステへ戻る。賑やかなBGMと笑い声。目に鮮やかな飾りつけ。さっきまで裏であんな騒動が起きていたにも関わらず、平和な世界だ。これが、わたしたちの現実。夢と魔法で彩られた、現実。
ここを、作るために、この現実を守るために働いている。なんとなくだけど、そのことを肌で感じてから仕事に入りたかったのだ。
マキちゃんにはあとでゆっくり、彼の話もしないといけないかもしれない。
花ちゃんにも剛くんにも、だけど。
「それにしても平澤、今回はほんとに、貴方に頼りきりになっちゃってごめんなさいね」
歩きながら、マキちゃんが言う。
「え? そうですか?」
「そうよぉ。なんだかんだ動いたのはアナタだし、最後のアリスを送り返したのもアナタじゃない」
まぁ、そうだけど。それはただ単純に、私が持っていた情報がマキちゃんより多かったからに他ならない。同じ情報量をマキちゃんが持っていたなら、もっとスマートに事が運んでいた気はする。
「子供対応、慣れたのねぇ」
「え? アリスのことですか?」
「そそ。アナタ苦手だったじゃない、子供対応。でもあの子への接し方見てたら、なんでもないことのように見えたから」
「あー、まぁ」
小さく笑う。
「大きすぎて子供に思えなかったのもありますけど、なんか、子供って思わなきゃいけるみたいです。対いちゲストだと思えば、普通のことなんですね、きっと」
子供だから、って構えちゃうのがいけないんだろうな、と感じた。これなら、この後もたぶん普通の子供ゲストも対応に関して苦手意識を持たなくて済みそうだ。
「そう」
マキちゃんがふわっと目を細めた。……あ、なんかちょっと恥ずかしいことを言った気がする。
「えっと、鍵、まだ持ってるんですけど……どうしたらいいとおもいます?」
「んー、まぁ、持っておくしかないんじゃないかしら……」
「……そですね」
なんかまた巻き込まれるのも怖いけどなぁ、と思いながらポケットに入れた鍵をポン、と叩く。
並んでオンステージを歩いていく。途中途中、ゲストに質問なんかを受けながら。
「――今日、いい天気ね、平澤」
「そうですねぇ。寒いけど」
この時期、寒くても青空が晴れやかで、とてもお城や建物が映える。この景色が結構好きだ。
このパークのコンセプト、青空を背景にしたステージ、がよく似合うから。
ふと、パークのメインビジュアルであるところのお城を見上げる。マキちゃんも、見上げて微笑んでいる。
「この景色、好きなのよね、アタシ」
「あ、わたしもです」
同意をすると、マキちゃんはくすっと笑った。
「……ありすちゃんは」
不意にマキちゃんが足を止めた。
「……?」
つられて足を止めて、マキちゃんを見上げる。
マキちゃんはお城を見上げたまま、
「頼りになる仲間も後輩もいて、苦手なこともちゃんと向き合って克服していけて、周りを見て自分で考えて動いて、もう何でも出来ちゃうのねぇ」
いきなり、田舎のお母さんみたいなことを言い出した。
……どーしたんだこのひと?
「そりゃ、マキちゃんもいますしね」
わたしの言葉に、また、曖昧に微笑んで。
それからマキちゃんは一瞬だけ目を伏せて、わたしを真正面から見据えて――こう、言ったのだ。
「ねぇ、ありすちゃん。アタシ、ゲスコン、辞めようと思ってるの」
――え?
Fin.
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