籠井花の日常(2) 〜ヒラと同期です〜


「こちらの会場では、このあと16:20から、華やかなキャラクターショーがはじまりまーす!」


 お決まりのスピールを言いながら、あたしは会場の正面ーーつまりヒラの近く、あの子の視界に入る位置に移動する。

 すぐにヒラは気がついた。目が一瞬合う。

 ゲストに気づかれないように、視線は固定したままだ。おけおけ。見えてるなら通じるっしょ。


 あたしはちょいちょい、と自分の耳を指で触ってみせる。

 目配せ。おっけ、通じたぽい。


 ヒラはゲストと話しながら、髪を耳にかきあげるーーふりをした。そのまま、左耳につけていた無線のイヤホンを外す。

 ゲストは気がついていない。

 ヒラはゲストの話を相槌をうちながら聞いている。目線をゲストから離さないまま、外したイヤホンを後ろ手に隠すように持つ。


 あたしはヒラの視界を外れて、走ってくるゲストに「まだ間に合いますので、どうぞゆっくり歩いてお進みください」と声をかける。ゆっくり歩きながらヒラの背後に近づいてく。


 ヒラはそうっとした動きで、今度は右手を後ろに回した。

 腰につけてある無線機をはずす。

 左手に持っていたイヤホンを右手にまとめて持ち変えた。


 あたしはヒラの後ろを横切りーーそのタイミングで、手元を見ないまま無言で無線を受け取った。


 オッケー。無線機を手に入れた。じゃじゃーん。


 ゲストから見えない場所に即座に移動して、無線機をつける。


「各位、籠井です。平澤がGC対応中のため、あと引き継ぎます。以上」


 無線をつけてもとの場所に戻ると、ダテくんが無表情のまま拍手していた。


「さーすがー」

 棒読みなの微妙に腹立つな。いつものことだけど。


 さて。時間はないぞっと。

「剛くん、A〜Gロープ張るよ、裏から機材持ってきて」

「え。AGっすか?」


 剛くんがきょとんとする。まぁ無理もない。AGは表から見づらい位置に張るロープで、通常の1からの数字ロープを全部張ってもなおゲストを引き込めないときに張る、いわば緊急用だ。会場のほぼ裏に張ることになるので、ゲストから見づらいので、普段は張りたくない。


「数字ロープ、ヒラの先張れないからね、AGにひきこんじゃって対処するよ」


 イレギュラーだ。通常のルールでは、数字を張ってなおだめなときのAGロープ。とはいえルールなんてーのは、こういうときに崩すためのもんだ。


 そーれからっと。

 ざっと今日のメンツを確認する。

 最後尾ーー人数を数えるキャストは経験豊富な子だからこのままでおっけ。最後尾補助はちっと頼りなかったので、別の出来る子と交代させる。中メンはまぁこのままでいけるでしょ。会場内への引き込みは早いほうがいいけど、あの子なら大丈夫。


 最後尾補助を外れた新人よりの子と、もうひとり近くにいた経験浅の子を捕まえる。


「君ら、AG張ったことないよね、剛くんと一緒に張ってきて。教えてくれっから」

「はい」

「ちょ、待って待ってカゴさん。俺もAG、何回かしか張ったことないんっすけど」

「何回かあるならいけるいける。ほらほら、ゲスト流れてくるよ、はい行ったー」


 剛くんがマジかーと言いながら後輩を引き連れていく。AG張れる機会なんてそうないんだから、やっとけやっとけ。ついでに後輩指導も学んどけ。そろそろそれが出来ていい頃だ。


「カゴさん、俺中捌き入りましょっか。一切止めずにゲスト中入れますよ」


 ダテくんがしれっと言ってくる。中捌きーー会場の中でのゲスト案内のまとめ役だ。そこが強いと、会場内へのゲスト案内が早く済むから、外の列がそれほど伸びなくて済む。


「あんたのその自信も技術もサイコーだけど、いらねーかなー」

「がーん」

「棒読み。あんた表で手あけといて。ヒラから目、離さないで。さっき傍で聞いたけど、相当熱くなってるから、あのゲスト。万が一手出しそうになったら頑張って止めて。セキュリティ呼んでる間」


 ダテくんが、伊達メガネの奥の目を細くする。


「それ、俺じゃなくて剛のが良くない……?」

「力はね。剛くんじゃだめだわ、見た目ガキンチョだし、無意識に火に油がぽんがぽん注ぎかねないから。ダテくん見た目老けてっから、ヒラのさらに上ですーってふりして出てって」

「えー。……マキさーん……」

「いない人物頼らない。はいっ、流れ来たよ、よーろしく!」


 ぱしんっ、と背中をたたいて動かした。


 パレードが城前を通過して、ゲストがどっと走ってくる。一気に伸びかけたゲストの列を、ギリギリで剛くんたちが張り終えたAGロープで吸収する。

 中キャストも頑張ってる。どんどんゲストを会場内へ案内している。とはいえ。


「入り口いったん止められる?」

「了解です」


 なぜ、とは訊かず、入り口担当キャストはゲストの流れを一旦止めてくれた。その様子をみたヒラが、ほっと小さく息を吐く。ゲストとなにやら短く言葉を交わし、ぺこっと頭を下げた。それから、こちらに指を三本、立ててくる。


「籠井さん、三名様です」

「分かりました」


 うなずいて、あたしは早足で四番通路まで。


「瀬野、あんた声かけたときの前後のゲスト覚えてる?」

「あっ、分かります! 平さん、覚えとけって言ってたから」

 うん、そーいうのちゃんと引き継ぎしよーな。

「おっけ教えて」

 小言は後回し。外のキャストと瀬野を一旦交代させて、瀬野を連れて入り口へ向かう。

 ヒラが入り口にいた。例のクレームゲストとその家族と一緒だ。

 一瞬びくつく瀬野の背をかるく叩く。瀬野が、家族が合流しようとしたときに最後尾に並んでいたゲストと、そのあときたゲストを教えてくれた。幸い、まだ会場内には入っていなかった。


 ヒラがゲストと二三言交わし、当時最後尾だったゲストが入り口に来たところで、入り口キャストが再度人の流れを止め、説明する。

 そして、例のクレーマー家族は「家族三人そろったタイミング」で「並んだ」と仮定され(ま、実際延々ヒラにクレームつけてる間、家族も傍にいたので待ってたっちゃ待ってたわけだ)、無事に会場内へ入っていった。


 そのままなんとかゲストを捌き、ショー開始前にはすべて問題なく終わることが出来た。


 ショー開始の音楽が流れ始めたとき、ヒラがはーっと息を吐いた。


「おっつおつー」

「花ちゃーん、ありがとー。助かったー」

「うぃうぃ。よく納得したね、あのゲスト」

「うん、納得させた」


 した、んじゃなくて、させた、なあたりがめっちゃ力技を感じる。ヒラらしいけど。


 あたしの返した無線を受け取りながら、ヒラが笑う。


「AG張ったんだ?」

「剛くんに張らせた」

「マジか。あの子あそこ苦手じゃなかったっけ」

「苦手ならなおさらやらせんと覚えんじゃん」

「まぁね」


 あたしとヒラの会話に、ダテくんが小さく「スパルタ……」と呟いていたけど、ま、大事大事。


「さて、休憩回すよー。花ちゃん行ってきて」

「あんたは?」

「あとでちゃんと行く」


 ふーむ。

 嘘だな。


「ダテっち任せていい?」

「あーい」

「え?」


 きょとんとするヒラの手を引っ張って、あたしは裏へと歩き出す。

 ダテくんが無表情のままひらひらっと手を振っていた。


「……ちぇ」

 ヒラが、苦笑する。

「参りました」


 ーーでしょ。


 あたしはニンマリ笑って、同期の頭を軽く小突いた。



ーーFin.


 

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