メリークリスマス 〜剛くんとマキちゃん〜 ※本編ネタバレあります
※本編ネタバレあり。二話と三話の間のクリスマスです※
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パーク中に華やかな音楽が流れている。
海の近くのパークは、この時期はひたすらに寒い。
今日みたいに小雨がぱらついていればなおさら、ね。
なのにまぁ、みんな遊びに来るんだから元気だわ。
「あー、喉痛いわ……」
「風邪っすか?」
思わず漏れた呟きに声をかけてきたのは、後輩の剛くんだ。
「いーえ。声出しすぎたってだけ」
しかもこの冷たい空気。喉に悪いったらありゃしない。
「あーまぁ今日はしゃーないっすねー」
飄々とした様子で答えながら、彼は持っていた二本のポールを機材カートへとしまう。
最前列を用意するために引いていたロープを撤去したので、不要になったポールだ。普段は、まぁだいたいパレード三十分前とかに撤去すれば早いほうかしら、なんだけど。
ちらり、と腕時計に視線を落としてみる。
「まだ一時間前よ……」
「そんなもんっすかー」
けろっとした様子で、剛くん。
……。
「クリスマスっすからね、世の中」
「分かってるわよ」
ファミリー、カップルカップルカップル、ファミリーファミリーファミリー、カップル。
普段よく見る学生グループより、圧倒的にファミリーとカップルが多い。そうすると何が起きるのか。
答え。アトラクションより、ショーパレードが混む。
仕方ないわね。クリスマスだもんね。
とにかく、人が多い。今日はそれでも入場制限はされていないしマシなほうだけれど、寒さも相まってゲストも若干ピリピリはしている。
やぁよね。せっかく、クリスマスだもの。遊びに来たんだから、楽しんでもらわなきゃね。
「剛くんそれ終わったら手、空くわね? 積極的にゲストに声掛けしてね。あと雨キャンの可能性も話しておいて。たぶんギリ持つとは思うけど」
「うぃっす。声かけって、なに言えばいいんっすか」
「楽しませてあげなきゃ。なんでもいいわよ。小ネタあるでしょ」
言いながら、パンフレットをお尻のポケットから取り出す。
剛くんが「ああ」とうなずいた。パンフレットには毎回隠れキャラクターが仕込まれている。お土産袋なんかにも。待ち時間を潰すのに、こういうネタを教えてあげるとゲストは案外喜んでくれるものよ。
と、突然違う声が聞こえてきた。
「マーキちゃーん」
「あら、平澤? あんたどうしたの。今日あっちでしょ?」
後輩の平澤ありす。今日は別のステージで仕事をしているはずなんだけれど。
「あ、いま休憩帰りなんですけど」
「だったらなおさらこっちにこなくてもいいでしょうに」
「聞いておこうと思って。今日こっちってどれくらい混んでるか」
「ああ」
思わず苦笑してしまう。熱心だこと。
おおよその最前列が埋まる時間、立ち見が埋まる時間などの情報を伝える。アタシも平澤側の情報を得る。そうすることで、例えばこっちが見づらいゲストに、あっちならどれくらい前になら〜と情報を提供してあげられるのだ。こんな日はなおさら、そういったちいさな情報がゲストの満足度を上げうることが出来る。
ひとしきり情報をノートに書き記して、平澤が去っていく。
「元気っすね、ヒラさん」
「ホントにねぇ」
剛くんに苦笑を返す。それからしばらく、ゲストに各種案内をしたりして、今日のキャプテンのなかじから剛くんと二人、休憩の指示を受けた。
休憩室に移動する。
無機質な休憩室の片隅には、誰が持ち込んだんだか、小ぶりのツリーが飾られていた。その一角だけのクリスマスは、むしろなんだか寂しささえ感じちゃうけれど。
タイミングなのか、ほかに誰もいないからなおさらだ。
自販機でホットのコーヒーを購入して手近な席につく。先にホットココアをすすっていた剛くんが、ちら、と顔を上げた。
「お疲れ様。どうかした?」
「や、クリスマスっすね、と思って」
あれ。と例のクリスマスツリーを視線で示す。
「ああ、そうねぇ」
「俺、明日もシフト入ってんっすけどね」
25日も、だ。
「お疲れ様」
「まぁ、26休みとったんで、25のシフト上がりからが俺のクリスマスっす」
ぐ、っと親指を立ててくる。
「あー。そういえばあんた彼女いるんだったわね」
「いますよ彼女くらい」
……。
喧嘩、売ってんのかしら。
うっかり引きつりそうになった頬をそっと手で抑えてごまかす。
まぁたぶん、他意はないわ、この子。たぶん。
ずずっと、コーヒーをすする。
「ところでマキさん」
コーヒーを飲みながら剛くんをみる。
剛くんはいつもどおりの憎めない顔のまま、口を開いている。
「ヒラさんに告白しないんっすか?」
ぶひゅるっ。
「げっほっ、ごっ、ごほっ」
「わ、きたね。」
全力でむせているアタシに、剛くんの冷ややかな声が降ってくる。
「あ……あんたねぇ……いきなり何を……」
「え。いやめっちゃ普通の流れですよね。クリスマスで俺の彼女の話で、そのまま恋バナ」
「いやだからってなんでアタシの……っていうかなんで平澤の話になるのよ……」
「え、だってそうでしょ?」
そうでしょ? じゃない。
当たり前のように言うんじゃない。
「俺意外とそのへんちゃんと気づくんで」
ぐ、とまた親指を立てている。そうじゃない。
「いや……だから……別にそういうんじゃ……」
「そらヒラさんカケラも気づいてなさそうっすけど」
話聞きなさいよこのマイペース男。
テッシュで飛び散ったコーヒーを拭きながら無言になってしまう。
平澤……平澤ねぇ……。
無茶しがちで、真っ直ぐで、素直で、あと頑丈。
アタシの中の平澤の評価は、まぁだいたいこんなもんなわけだけれど。
……だけれど。
「マーキさん、怒りました?」
「怒っちゃいないわよ……疲れただけで」
拭き取って丸めたティッシュをゴミ箱に投げ捨てる。
「ガチでヒラさん狙いなら、俺が言うのもなんっすけど、めっちゃどストレートに言わないと多分気づかないっすよ」
知ってる。いやそうじゃなくて。
顔を手で覆ってアタシははぁ、と大きくため息をついた。
「……いろいろあんのよ、大人には」
「はぁ」
そう。いろいろだ。
あの子と二人の秘密の鍵のことも、アタシのこれからのことも。そのへん曖昧にしたまま、自分の気持ちがどうのこうのなんてやっていられるわけもない。
「……あー、もう。はい、この手の話はおしまい。アタシ苦手なんだから」
「はーい。なんか進展あったら教えてください」
反省する気もないわね、この子。
剛くんが空になった自分のココアのカップとアタシのコーヒーのカップをゴミ箱に捨てる。
ちょうど時間だったので、ふたりそろって休憩室を出ようとしたときだった。
入れ替わりに、平澤が入ってきた。
……来る。来ちゃう。このタイミングで、あなたは。
剛くんがぶはっと吹き出した。平澤が眉を寄せる。
「なに?」
「や、すみません。ちょうどヒラさんの話してたから」
「わたしの?」
下手なこと言うんじゃないわよ。
剛くんをちらりと睨んでみるけれど、ひょうひょうとした様子で続けた。
「ヒラさん彼氏いないんっすかね、って」
ほんっっっっと怖いもの知らずのマイペースねあんたはー!?
べちこんっと剛くんの頭をはたきたがる自分のお手手をなんとか制御して、額に拳を当てた。落ち着きなさい、牧野。
平澤は、というとべっと舌を出し、
「悪かったわね」
と、だけ、言った。
剛くんがひょい、と肩をすくめる。ああ、はい、もう好きにして頂戴……。
「マキちゃんも剛くんも、なんか外めちゃくちゃ寒いから気をつけてくださいねー」
「あんた、鼻の頭真っ赤よ」
「寒くて。カイロ忘れちゃったんで」
へへっと平澤が笑う。
――まったく。
ポケットから使いかけのカイロを取り出して、平澤の頭に乗せる。
「あげるわ。アタシ予備も持ってるから」
「え、いーんですか。ありがとうございますー」
受け取った平澤がにこっと笑う。
笑い返しながら、ポンポン、と頭をなでた。
「じゃ、アタシたち行くわね。メリークリスマス、平澤」
「はーい、メリークリスマース」
片手にカイロを握ったまま手を振る平澤に手を振替して、休憩室の扉を閉める。
無機質な休憩室からオンステージへ続く階段をゆっくり降りていく。
暖房の効いていた休憩室とは違い、この廊下は冷え切っていた。
「で、マキさん、予備あるんっすか」
「……あるわけないでしょ」
「おっとっこまえー、いてっ」
ひゅいっと口笛を鳴らしかけた剛くんに軽く蹴りを入れておく。
オンステージの扉を開けると、明るいクリスマスソングが流れてきた。
冷え切った外の空気に、ブルっとからだが震える。
ふと、視界に白いものが見えた。
「あらやだ、雪ね」
さっきまでの小雨が、いつの間にか雪に変わっていた。
「雪って大丈夫なんっすか?」
「ま、これ以上ひどくならなければいけるでしょ」
持ち場へと早足で進んでいく。
あふれかえるゲストの間をぬいながら。
カイロがなくなったぶん寒さは増しているけれど、ま、なんとかなるでしょ。
あっちはあっちで頑張ってるわけだし、アタシも負けてはいられないわね。
すれ違うゲストに笑いかける。
「――メリー・クリスマス。素敵な一日を!」
Fin.
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