ハッピー・バレンタイン? ※本編ネタバレあります

※本編終了直後、エピローグ前くらいのイメージです。※


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「ふむ。いい感じね」


 出来上がったチョコレート・ブラウニーの端っこを口に入れて、アタシはこっくり頷く。

 あしたは2月14日。ふんどしの日――じゃなくて、世間一般バレンタインデー。基本的に、好きな奴が勝手にやる、というのが我が職場のルール。女子は集金して~なんてのはまずありえない。


 で、だいたいお祭り好きな一部が勝手にバラエティパックのチョコレートを持ってきたり、何故か漬物持ってきたり煮物を持ってきたりするやつがいたり、ポテチやわさび柿の種が飛び交ったりもする自由デー。


 そんな中でアタシは、というと。

 毎年、手作りで何かを持って行ったりする。


 だって、ねェ?

 お菓子作りなんてこんな機会じゃないとなかなかやらないし、やったって不気味がられちゃうしねェ。でもどうせなら楽しみたいじゃない? というのがアタシ的感覚。


「で、だ」


 まとめてタッパーに詰めながら、脳内に浮かぶひとりの姿に苦笑がこぼれた。


「あの子はどう出てくるのやら」


 今までのあの子――後輩の平澤ありすちゃんは、というと。だいたいポテチか唐揚げかを持ってくるカオス組だったけれど。

 勤務はかぶってる。明日はたしか、あの子もあたしも、あといつもの剛くんやら籠井やらも朝イチ入りだったはず。


「……まぁー。考えても詮無いわね」


 期待してるわけでもなし。

 ただまぁ、そこそこ今年はいろいろあったわけだし? 帰りにチロルくらいおねだりしちゃっても許されるかしらね。


 チロルでいいんですか? とかいいながら、律儀にチロル一個だけ買って渡してくるあの子をリアルにイメージしながら、アタシはこっそり笑いをかみ殺した。



 翌朝。

 案の定バレンタインデーとは何だったかしら、と考えてしまうバラエティ豊かさで、職場の中央にあるテーブルは華やかだった。


「アルフォートに、たべっ子どうぶつに、ポテチに……今年のこのから揚げは誰?」

「あ、俺っす」


 手を上げたのは剛くんだ。


「……、揚げたの?」

「彼女が。なんか面白がって。美味いっすよ」

「あ、そう」


 びみょーにイラっときちゃったのは何でかしらね……。いや、いいけど。

 平澤はまだ来てないけど、まぁ、いいでしょ。


「んじゃ、開けちゃいましょっかねー。はい、どーん! マキちゃんお手製のブラウニーよー☆」

「うっわ、マメっすね」


 包装は諦めましたけどね(面倒くさくって)。

 それでも、中身はなかなかの自信作だ。一口サイズに切り分けてあるので、一緒に持ってきたフード・ピックで食べることが出来る。フード・ピックは100均のだけど、可愛いフラッグつきのやつ。

 さすがに生クリームとかを添えたりは出来ない分、華やかさはこんなので補ってみたわけです。


「あ。おーいしー!」

「マキちゃんの! 今年もマキちゃんのお菓子! やったー!」


 わらわらと群がってくる子たちにあげていると、次のバスが来たのか、朝イチ入りのメンツ第二陣がやってきた。


 平澤と籠井が一緒だ。


「おはよーございまーす。あ、やってる」

「おはよう。平澤も籠井も、食べる?」

「無論」

 ふんす、と鼻息荒く、腕まくりをして近づいてきたのは籠井だ。いや、いいけど。


 平澤は、というと、何やら大きい紙袋をでんっ、とテーブルに置いている。


「あら。なんか持ってきたの?」

「あ、はい。そいえば花ちゃんは?」

「あたし、ホワイトデー担」

 担ですか。いや、いいけど。


「何持ってきたの?」

「ふっふっふ。今年は手作りなんです」

 

 平澤がにんまり、と笑う。

 あら。

 あらあらあら。手作り? かぶっちゃった?

 ……アタシ、貰えちゃったりするのかしら、それ?


 いそいそと紙袋からタッパーを取り出し、平澤は満面の笑みでそれを開けた。


「じゃーん! 大根の漬物です!」


 大根の。


「お。いっすねぇ。甘いもん食べてるとしょっぱいの欲しくなりますもんねぇ」

「でっしょー! ちょうどばあちゃんから大根いっぱい送られてきてさー、困ってたんだよねー」


 漬物。


 しかもどう考えても余りもの処理。


 ブラウニーをもぐもぐしていた籠井が、ちらっとこちらに目を向けてくる。


「まぁ、期待するだけ無駄ってやつですね」


 うるさい。


「あ、マキちゃんもどうですかー?」


 悪気の欠片もない素敵な笑顔で、平澤がタッパーをこちらに向けてくる。可愛げの欠片もないつまようじが刺さった、大根の漬物をこちらに向けてくる。


「……ふ。ふふふっ。ええ、いただくわ」


 笑いながらアタシはそれをつまむ。

 まー、こんなもんでしょ。平澤だし。平澤だし。


 大根の漬物はほどよく歯ごたえがあり、ゆずの風味がほんのりとして美味しい。

 ポリポリしてると、平澤が突然、あ、と叫んだ。


「なに?」

「すいません、忘れてた。マキちゃんには別に用意したんです、わたし」


 ――え?


「えっ?」

「えっ!?」


 ちょっと待ちなさい。なんでアタシが驚きの声を上げる前に前のめりに驚いてるのよそこ。籠井と剛くん。あんたら。


「ヒラさんが!? マキさんに!?」

「あんたが!? え、なに、大根の煮物とか!?」


 アタシを押しのけながら(なんでよ)、平澤に詰め寄る剛くんと花ちゃんに、平澤は不満げに唇を突き出す。


「何でよ。チョコだよ」


 チョ……


「チョコぉ!?」


 ねぇ籠井。アタシの驚き勝手に奪うのやめない?


 紙袋をごそごそして。

 平澤が、四角い――ちゃんとラッピングされた!――箱を取り出した。


「だって、ほら、いろいろめっちゃお世話になってるし」


 言いながら、平澤がそれをアタシに手渡してくる。

 ぺこり、と頭を下げて。


「ハッピー・バレンタイン、です」

「あ。……ありが、とう」


 ……チョコ。を。

 ドストレートに。

 アタシだけに。

 くれちゃったわ。この子。

 もらっちゃったわ。アタシ。


 こそばゆくてプルプルする唇を引き締めながら、その箱を見下ろす。

 そして。


「……」


 次の瞬間崩れ落ちそうになった膝を、心の中で叱咤した。


「義理っすね」

「わっかりやっす。えっぐ。ヒラえっぐ」

「……うる、さいわよ、アンタら」


 その箱は。

 とても丁寧にラッピングされており。

 その包装紙には可愛らしい文字で。



 いつもおせわになっております!



 と、書かれていた。


 ハイ。めっちゃ分かりやすい義理チョコラッピングー。

 すっごい分かりやすい義理チョコー。職場用ー。めちゃくちゃ職場用ー。


「なんかいっぱいあって迷ったんですけど。やっぱ伝えたいのこれかなって!」


 きらっきらした笑顔で、あんたいろいろ残酷ね。ありすちゃん。

 とはいえ。

 おそらくどこかの催事場で、真剣にうんうん悩みながらこれを選んだであろう平澤を想像しちゃったら、ね。

 ――ありがたい以外、ないんじゃない?


 くすくす笑いながら、アタシは軽くチョコを掲げる。


「ありがとう。大事に頂くわね」


 チロルチョコ(予定)より、大根の漬物より、だいぶいいじゃない?

 アタシの笑顔に、平澤はほっとしたように大きく頷いた。


「はい!」


 満足するアタシたちの後ろで。

「えー。」

「えー。」

 小僧と小娘がなんか文句たれているけれど。


 アタシが知ったことじゃない。


Fin.

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こちらゲスコン! ~夢と魔法の王国より~ なつの真波 @manami_n

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