マリンチェ――以前、中南米の歴史を調べていたときにその名を聞いたことがあった。
メヒコの生まれでありながら、エスパニャの通訳として彼らに協力した人物……。
まぁ、そんな人もいただろう、と当時の私は大して気にもしなかった。
しかし、それで終わらせてしまうのはあまりにも勿体ないと本作を読んで思う。
通訳として、メヒコ人として、一人の女性として、真実を求める者として……。
少女――マリンチェは様々な姿を見せてくれる。
メヒコの地に〈白い顔〉の人々がやってきた時代。
彼女は何を感じ、何を想い、自分を何者と知るのだろうか……。
一人の少女の人生を色濃く描く本作。
彼女をめぐる多くの人物の心理描写も丁寧に描かれている。
ジャンルは恋愛だが、戦記としても非常に楽しめる一作だ。
古代から続いた中南米の文明はスペイン等の侵略によって滅亡した。
その歴史的事実を聞きかじったことすらない人は多分いないと思う。
中南米の古代文明、と聞くだけで胸をときめかせる人もきっと多い。
本作は、メヒコ(※ここでは「メキシコ」と英語読みしたくない)の
アステカ文明の滅亡の時を舞台とする、1人の少女の生きた軌跡だ。
史実をもとにしたストーリーは骨太で、人々の激情が息づいている。
偏見かもしれないが、中南米の文明滅亡を描くストーリーならば、
侵略者に立ち向かう人々の悲壮を主題とするのが現代の主流だろう。
本作はそうではない。少女マリンチェは「裏切りの花嫁」である。
侵略を受けたメヒコの国々は、決してユートピアではなかった。
神々への敬虔さと王への臣従を示すための儀式はあまりに残酷。
スペインの侵略によって救済されてしまった人々も存在したのだ。
語学に長けた元奴隷のマリンチェは、スペイン人に付いていく。
彼女は旅の先に何を望むのか。メヒコは彼女にとって何なのか。
新たな出会いを通じて何を知り、何を失い、何を得ていくのか。
悲しみと怒り、ふれあいと融和、共感、反発、友情、裏切り。
あらゆる愛憎が描き込まれた、情感豊かな歴史物語だった。
面白く、興味深かったです。