巻き込む人とマキ込まれる人(2)

 夜。十九時半。


「あ、お疲れ様です」


 マスタード色のカットソーに黒いジャケット。細身のパンツという私服姿のマキちゃんが、約束の場所に現れた。


 手には重たげな紙袋をぶら下げて。

 顔には【不信】の二文字を張り付けて。


 それでも来てくれるんだから、まぁなんていい人なんだか。

 わたしが、呼び出したのだ。自分のあがり時間にあわせて、ある物を、お願いして。


「言われたもの、とりあえず持ってきたけど……何のつもり?」

「さいっこーにいい人ですね、マキちゃん」

「割といつもそこ止まりなのよアタシ」

 触れないでおこう。

「大体アナタまだ着替えてなかったの? っていうかなんでこんなところに」

 怪訝な顔で、マキちゃんがぐるっと周囲を見渡す。


 ここはそう、例の予備備品倉庫だ。まぁここである必要性は皆無なのだろうけれど、こっちの準備の都合である。

 あらかた、こちらの用意する【物】は準備済みである。慌ててキャストショップで買ったショッピングバッグ(大)に詰め込んだ。

 着替えなかったのは、そのほうが動きやすいから。


 さて。


 ここからが勝負だ、平澤ありす。

 大丈夫。あんたはキャストだ。従業員キャスト演者キャストだ。出来る。やれる。気合だ!


 す、と息を吸って。

 戸惑ったような、泣きそうな、不安げな顔でマキちゃんを見つめた。


「……マキ、ちゃん」


「な、なに? どうしたの」

「……わたし、あの」


 小さく、もごもごとささやきながら、そっとマキちゃんに近づく。

 手には例のアレを持ったまま。


「マキちゃんに、おねがいが、あって」

「おねがい?」

「……ずっと、すごく、悩んでて」


 間違いではない。今日昼過ぎからずっと悩んでる。


 マキちゃんが、困った顔で微笑む。くしゃ、とわたしの前髪をかき上げた。

「なぁに」


 その瞬間、わたしはマキちゃんに抱き着いた。背中に手をまわして、ぎゅ、としがみつく。


「ちょっ、平澤?」

「わたし、マキちゃんのこと、すっごくすっごく頼りにしてるんです!」


 本当だ。

 アレを持った手と、逆の手を、マキちゃんから見えない位置で振り上げる。


「だから……ッ!」

「だ、だから?」


 うるんだ瞳で、見上げながら。

 心の底から、告げた。


「ごめんなさーいっ!」


 叫ぶと同時に手を払うと、用意してあった自作ピタゴラスイッチは作動した。いや、そんな大層なもんではないのだけれど。備品がドミノのように倒れていき、そして。


 ガンッ

 ゴンッ


 ふたつの盛大な音とともに、わたしたちの意識は一瞬、途絶えた。

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