巻き込む人とマキ込まれる人(3)
「まぁ、とりあえず状況は理解したわ」
普段からは想像もつかないくらい低い声で、でも一応口調だけはいつも通りに、マキちゃんがつぶやく。
目が、見たことないくらい冷たいのです。
めっっっっっちゃ怒られた。
いやまぁ……そんくらいのことをしでかした、とは思ってはいるんだけれども。それにしてもめっちゃ怒られた。正直泣くかと思った。怖くて。
それでも激怒するマキちゃんをなだめすかして事情を説明して、たぶん二時間近くかかったけど……ようやく、受け入れてくれた、らしい。
いやでも、すごいと思う。受け入れてくれたの。マキちゃんさすがである。
しかし、妖精のお婆さんも、疲れたように笑っているのが面白かった。
「で?」
ギロリ、とマキちゃんが視線を動かした。壁際で小さく――というよりは薄くなってたあの王子様が、ビクゥッと跳びはねた。
「ヒッ」
「で。アナタが――プリンス・チャーミング?」
「はっ、そ、、そう……です、すみません、すみません……生きててすみません……」
溶けたアイスみたいな声で、ウザ王子が謝る。それをみて、マキちゃんが「あああーっもうっ」と叫んだ。相当イラついているらしい。こんなマキちゃん初めて見たわ。
「アンタ本当に王子!?」
「……そう生まれちゃっただけで……」
「うっっとうしいわね!? あーん、もうっ、男らしさのカケラもないわねっ!」
おまゆう。
「いえ、そりゃまぁね? 男らしさとか女らしさとか、ほんとはアタシ大っ嫌いだけど、もうなんていうか人としてダメよ、アナタッ」
人としてとまで言いましたけど。
あーあ。王子、塩かけられたナメクジみたいになっている。
「だいたいっ」
あ、まだ追い打ちかけるんだ。容赦ないなぁ、マキちゃん。
「あなたのどこが、チャーミングだっていうの!?」
……まぁたしかにカケラもチャーミングではないが。
「名づけ、失敗してのぉ」
王様それ言うんだ。
もはや吹き飛ぶ埃くらいの存在感しか許されなくなっている王子がさすがに哀れに思えて、わたしはぱたぱたと手を振った。
「そこまでで、そこまでで。で、ですね。マキちゃんにはそんな王子をですね、何とかしてもらおうかと」
「……は?」
「それこそ、チャーミングに!」
「……は?」
マキちゃんが怪訝な顔をして、それからゆっくり目を見開いた。わたしと、王子と、それから持ってきてそこらに放り出されていた紙袋とを順繰りに見つめ、
「あぁぁあ、そういう、こと……」
頭を抱えてしゃがみ込んだ。
わたしは静かに頷いてみせた。
あの紙袋の中身。それは、わたしがマキちゃんにお願いして持ってきて貰ったものだ。
美容師グッズ一式。
マキちゃんは暫く――いや結構ながい間――しゃがみ込んで頭を抱えたまま、ピクリとも動かなくなった。薄い氷みたいな沈黙があたりを支配して、いい加減いたたまれなくなったころ、ポツリ、とやけくそみたいな(みたいな、じゃないかもしれない)声がした。
「やってやろうじゃないの」
そうして。
マキちゃんはチャーミングじゃないプリンスをチャーミングにするために。
わたしは、準備が終わっていないという舞踏会の会場を整えるために。
全力で動くことを決意したのだ。
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