くちづけ大作戦(3)
◆
王子の行き先がこっちの城だということだけは分かっていた。鏡情報で、だ。
まずは順調に街道を進んでもらう。そこは問題なかった。
そして第一接触。こちらまでもう少し、というところで、ちょうど王子が休憩に入ったと連絡があった。
『平澤、聞こえる?』
鏡は真っ暗なまま、マキちゃんのささやくような声が聞こえた。ポケットかどっかに入れたままなのだろう。
「はい。聞こえます、どうぞ」
だったらいいや、とこちらも胸ポケットに再度鏡を突っ込んで返事をした。正直こっちのほうが慣れている。
『接触は成功。ちょうど湖でね。こちらも馬に水を飲ますためですーって振りして話しかけてみたわ。人当たりはいいわね。真面目そうだし。……たぶん、いちばんまとも』
……ああ、うん。白雪姫や女王に比べて、ってことだろう。なぜだろう。それだけですごい安心する。
『世間話ついでに、このあたりの噂、として口づけと生き返る少女についてのお話も吹き込み成功よ。どうぞ』
「了解です。王子の動向はどうですか、どうぞ』
『ふっつーね。面白いお話ですね、って感じ。そのまま別れを告げて、ついさっき出発したわ。どうぞ』
「分かりました。こちらも準備します。どうぞ」
『気を付けてね。牧野以上』
鏡通話が切れる。……途中からなんか完全に無線のノリになっちゃったな、まぁいいか。
さて。準備だ。
「女王、お願いします」
振り返る。女王は真面目な顔をして頷いた。そっと、腕を広げ、わたしに向ける。
「――、――、――」
聞き取れない音だった。女王の口から、聞きなれない言葉が紡がれる。音楽にも似たそれは、おそらく呪文と呼ばれる類のもの。
「――!」
叫び声。同時に、カッとわたしの体に熱が走る。
熱い!
叫び声が口から出る直前に、その熱は驚くほどあっさりと消えた。
「……えっと」
「出来たわよ」
女王が微笑む。そして。
「ん~っ! かっわいいい~! ああやっぱりかーわいいい」
「すいませんうっとうしい」
抱き着いてきた女王を押し戻し、胸ポケットに入れてあった手鏡を取り出して覗き込む。
そこに映っていたのは。
「お、おお……」
きめの細かい真っ白な肌。小さく愛らしい真っ赤な唇。大きく丸い瞳に、整った鼻。そして夜のような艶やかな黒髪。
――白雪姫、だ。
「これ、すごいですね。本当に白雪姫だ」
すごいわー。すごいわー。コンシーラーいくら叩き込んでも消えないクマが全くないわー。シミもひとつもないし、なにこれ美人ってすごい。
すごい。わたし今、美人。たぶん、石原さとみにも負けない美人。そんなことを人生で思える日が来るなんて。っていうかなにこれ、すっぴん? すっぴんなの? ヤバくない?
「……すごい」
「見た目だけよ」
「え?」
「外からはそう見えるようにしてるってだけ。モノそのものを変化させることは、自分のことくらいしか出来ないわ」
……ち。
いや、いいんですけど。十分なんですけどね。
「服は、そのままなんですね?」
「変えても良かったけど……けっこう、むずかしいわよ? 幻影も実態は伴うから、スカートがどこかに引っかかったら引っかかるし。その辺り計算して動けるならいいけど」
ああ、つまり自分が今のままの、ジーンズのつもりで動いているのにスカートの動きだと何かと面倒くさいということか。
「じゃあ、いいです。着替えてきます」
彼女の服なら小人の小屋にある。借りても文句は言わないだろう。
大丈夫。あの服だって自分の顔じゃないなら堂々と着れる!
着替えてから、小人に指示を出す。先生、が一番リーダー格だ。説明は彼にする。
それから、棺の中で眠る白雪姫に心の中でそっと誓う。
――絶対、起こすから。任せてね。
◆
街道の真ん中で、わたしは小人のひとり――ねぼすけと一緒にいた。
そして。
――来た。
近づいてきた馬に乗った人影。王子と、そのお付きだ。
ぎりぎり、顔が確認できる距離まで引き付ける。王子が目を見開くのが、分かった。その瞬間、わたしは王子から逃げるように森の中へと駆け出す!
「あっ、どうしたんだい、しらっ……!」
ねぼすけが、用意しておいた台詞を叫ぶ。ナイス! なかなかの演技力!
王子が驚いて馬をこちらへ向けようとする。が。
「おい、なんだおまえ!」
おこりんぼの声がした。ちらりと背後を見ると、おこりんぼとてれすけが、そろって王子の前に立っていた。足止めだ。
――あ、はい。覚えましたよ、小人。七人。戻った時勉強してきました。わたしえらい。
先生、ごきげん、てれすけ、ねぼすけ、おこりんぼ、くしゃみ、おとぼけ、の七人だ!
森の中では馬は走りづらい。王子は足止めされたこともあって、馬を降りたようだった。視界の隅でそれを見届け、全力で走り抜ける。捕まったら意味がない。
出来るだけ視界を遮りやすい、大きな樹のある道を行く。道、というか道なんてないところを行く。大丈夫。事前に目印をつけてある。普段なら
疲れてきて、足がおぼつかなくなった。小人がひとり、またいる。くしゃみだ。彼もまた、足止め要員。見つけて、ほっとしてしまったのだろう。彼を見つけた瞬間、右足が左足に引っかかって、そのまま盛大にすっころんだ。
「ヒラサー!」
くしゃみが驚いて駆けてくる。まずい! 追いつかれる!
慌てて起き上がるわたしの耳に、王子の白雪姫を呼ぶ声が聞こえた。くしゃみが、ぽんっ、と飛ぶようにわたしの後ろに立った。
「まかせて!」
言うなり。
ハッ……クショーンッ!
――え、ええええ?
耳がおかしくなるかというくらいの大きさのくしゃみをかます。そしてそれは大きな旋風を起こした。
……わ、ぁ、ぁ、ぁ……
――マジか。王子すっとんでいったけど……?
「さぁ、はやく!」
「え。あ、はい」
すげぇ。くしゃみ有能すぎる。そういえばなんかそんなシーンがあった気もするけど、なんて特殊能力だそれは。
とりあえずくしゃみに促されるまま、また駆け出す。振り返る。王子も負けてない! すごい! 根性ある! 立ち上がって追いかけてきているのを確認して、スピードをあげた。
そして。
ばっ、といきなり視界が開けた。
森を抜けたのだ。
「こっち!」
またつんのめって転びかけたわたしの腕を、ぐいっと引っ張ったのはごきげんだ。
「すごい。ちゃんと王子ついてきてるよ! ヒラサー」
息が上がって頷くしか出来なかった。女王がわたしの傍に寄ってきて、例の魔法をかけてくれる。熱を感じるとすぐ、それは解けた。おそらく、魔法が解けたのだ。
「あとは、任せて」
女王の短い言葉に、こくんと頷く。そのまま小屋の後ろへ走った。隠れるためだ。
小屋の裏、小さな井戸の脇にずりずりと座り込む。
「……っはー!」
大きく、息を吐く。
め。めたくそ疲れた……!
いや、立ち仕事ですよ。普段毎日ずーっと立って仕事してますよ。真夏も真冬も立ってますよ。だから同世代の事務仕事の子とかよりは体力はあると思います。が。
キャストの基本! ゲストを不安にさせるから、どんな時でもオンステは走らない! 走らない!
――から。
走るのは慣れてないんだってば。本当に疲れた。
ばくばくする心臓とかくかく震える指先を、何度か深呼吸しながら落ち着かせる。
少し落ち着いたところで、そっと、小屋の前方を覗き込む。
パーティーの気配はそのままな、小屋の前。けれどその横には、ガラスの棺に入って眠る少女がひとり。
その周りをとりかこむ、小人。先生と、ごきげんと、おとぼけ。それから、女王。
全員が、しくしくと泣いている。
そこに――
王子が、やってきた。
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