食客商売7話-3「請負人、確定申告に奔走する」


 翌日。

 従者を伴い、エシェバは高利貸しの寺院へ赴いた。山あいの道を馬車に乗って2時間。荘厳な雰囲気を放つ巨大な門が見えてきた。


 順調に手続きが済めば、土地を差し出すのと引き換えに、まとまった金が手に入る。

 返済、身辺整理、使用人達への分配。手元に残るのは微々たる額だろう。

 息を呑み、門をくぐった。


 そこは清潔感と奥ゆかしさに溢れた世界だった。

 どこを見渡しても「金の匂い」がしない。すれ違う僧侶達も、御主の教えに則った、礼儀正しい者ばかり。

 噂はデタラメだったのではなかろうか。

 エシェバは訝しんだ。


 雪を箒で掃く小坊主達の前を横切り 、エシェバは境内に。

「失礼する。ニゼ殿はおられますかな?」

 間を置かずに品の良い若い僧が奥からやって来た。付き人らしき弟子が二人。うち一人は荒々しい武人の雰囲気を放っていた。

 背はさほど高くない。しかし、広くて厚い胸板と丸太のような四肢、そして木の根元を思わせる太い首と厳つい顔。

 さらに、胡麻のように小さな目に宿した強い光が、相手を射竦めてしまう。

 エシェバは付き人を見ないように意識して、若い僧とまっすぐ相対する。


「わたくしが、この寺を預かるニゼと申します」

 若僧が名乗った。

 若いのに大したものだと老人は舌を巻く。

「私は……」

「エシェバ様ですね。お手紙をありがとうございます。よくぞ、おいでに」

「え、ええ 」

「さぞ、辛かったでしょう。とても苦しかったでしょう。ささ、話は奥で」

 切っ先を制されたエシェバは、力なく笑い、促されるまま、若僧について行った。

 やはりどこを見ても普通の寺院だった。とてもではないが、教えに反した行いをしているように見えない。


「ここに来られる方は皆、拍子抜けするようです。世間では我々が酒池肉林に溺れ、御主を足蹴にしていると専らの評判のようで」

「そのようなことを申しているのでは……」

「実際に悪評の通り、わたくし目は教えに反した行いをしている。到底許されるものではない」

 またも、エシェバが言い終わる前に、ニゼは早口に言い始めた。

 相手の言葉を自分の言葉で、早々に埋めてしまう。しかも腰が低く、丁 寧が過ぎる。

 複雑な思いに、エシェバは閉口するしかなかった。


 小部屋に通されて、やっと本題へ。

 それから2時間。エシェバは顔を赤くしたり、青ざめたり、困惑したり、打ちひしがれたりを繰り返した。

 そして、気付かされた。

 救いなどない、と。


 さらに2週間後。突然の報せを受け、ヴィクはエシェバの屋敷にやって来た。

 屋敷は前に来た頃より遥かに寂れていた。窓ガラスは割れ、埃まみれの蜘蛛の巣や汚れが嫌でも目につく。

 そして、使用人の姿すら見当たらない。

「ようこそいらっしゃいました。さあ、こちらに」

 顔を泣き腫らした執事に案内され、寝室へ。


「じいさん!?」

 我を忘れ、ヴィクは老貴族の名を大声で呼んだ。そしてす ぐ様、絶句。

 対面したエシェバは、もはや別人のように変わり果てていた。

 老人は、椅子に「へばり付いて」いた。

 数日前の彼はどこだ?

 どんなに困窮しても礼節と尊厳を失うことなく、貴族であり続けた男は、この部屋にいないのか!? 

 ヴィクは拳を握りしめ、歯を食いしばってエシェバのもとへ。


 ぐりん。細首が回り、エシェバ老が痩せこけた顔を向けてきた。

 その色は青を通り越して、もはや黒に近い。

 落ちくぼんだ目には生気も正気も見当たらない。あるのは、ただどす黒い、虚空だけ。

「俺だよ、ヴィクだ。何があった?」

「……お前たちに支払う金はもうすぐ届く。もう少しだけ……」

 エシェバはもぐもぐ口を動かす。

「おい!? 」

 肩を揺すって、初めてヴィクは気づいた。

 彼の体があまりにも軽い。

「食事は? 最後にメシを食ったのはいつだ?」

 ヴィクは執事に顔を向ける。

「先週、麦粥を一口。それ以外は、水すら受け付けてくれません」

「医者には診せたのか?」

 執事は首を左右に振る。


「この家には、診察代を払う余裕すら残っていません。マギル商会に買い取って貰ったお金すら、底を尽きました」

「金だと? 金、金、金。お前も? お前もそれしか言ってくれぬか?」

 うわ言のようにエシェバが言い始める。

「何百年と続く我が一族は、チリ一つ残せず、歴史年表のシミにすらなれず、消えてゆく」

 すると急に、干からびた老人は笑い出す。

「金を唾棄した男が金に足をすくわれたわい。滑稽かな、滑稽かな!」

 ヴィクはそっとエシェバ老から離れて、執事に詰め 寄る。

「説明しろ」

 低かったが、それでもはっきり、怒気がこもっていた。

「2週間前のことです。旦那様は……」

 執事は涙ぐんで話し始めた。


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 その日、彼は近ごろ噂になっている、高利貸しの寺院へ金を工面しに行った。

 担保は所有している森林地帯。

 森林貴族が、何事より重要な財産を手放そうというのだ。

 しかし、この会談で予期せぬことが起きた。

 まず、土地の値段が低く見積もられたのだ。


 金を貸す側、若僧のニゼは、エシェバの抗議など無視して、こう言った。

「今はどの貴族も騎士も、こぞって所領の土地を売りたがっている。それでも買い手がつくのはごく僅か。売れるには、土地の値段を安く設定しなければならないのです」

 さらに手数料やら、何とか率やら、そのほかエシェバも理解できない市場の取り決めなどで、受け取れる金額が、あまりにも少なくなってしまった。


 悔恨を噛み締めると共に、エシェバ老は己の浅はかさを呪った。

「いかが致しますか? ご不満なら、他をあたって頂きたい。はっきり申し上げますが、権威も資産も残っていないあなたを、いつまでも相手にはできないのです」

 ニゼは最後まで澄まし顔で言ってのけた。



「旦那様はその場で泣く泣く承諾。数日の内に金はとどけられる筈でした。しかし……」

 結局、今日まで金が届くことはなかった。

 来る日も来る日も、手紙で催促しても、返答がない。直接出向いても門前払い。

 その内、とうとうエシェバ老は、日々の食事にすら困窮するようになった。


 それだけでは終わらない。

 退職金はおろか、日々の俸給すら一向に払われない。ついに使用人達が怒りだしたのだ。

 特に屋敷に長く使えていた庭師の男が酷く憤慨し、エシェバ老の 書斎に怒鳴り込むことが増えた。また、他の使用人達も日増しに彼に同調するようにもなった、

 そしてついに、使用人達は出て行ってしまったのである。



 この相次ぐ不幸に、ついにエシェバ老は力尽きた。そして、あのような「生きた亡骸」となってしまったのである。


 路頭に迷った者の果てが、アレか。

 ヴィクはちらりとエシェバ老を見やる。

「誰も、誰も頼れる奴はいなかったのか? 少しならマギル商会でも、金を貸すことはできた筈だ。食い物だって、俺に言ってくれたら……」

「ええ。私も、そう提案したのですが、旦那様は、それだけは絶対にならぬと」


 最後まで、エシェバは貴族の意地を捨てなかったらしい。

 彼の美徳が仇になってしまった。

 これだから貴族って奴らは!

 マヤジャの青年は心の中で叫ぶ。


「担保に出した森は?」

「それが、妙な事に、まだ差し押さえられていないんです。ですが、既に契約を交わしてしまいましたから、遅かれ早かれ、向こうの手に渡るでしょう」

「……とんでもない事になったな」

 ヴィクは執事から視線を外した。


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 その後。マギル商会にて。

「今、懇意にしてる町医者に行って貰った。金なら心 配せんでええと、執事さんにも、そう伝えとく」

 女主人のシャスタは、ヴィクの肩を優しく撫でて言った。

「ありがとう。何て礼を言えばいいのか」

 ヴィクは頭を下げた。


「ええんよ。これにはわっちらも、思う所があってなぁ」

 暗い面持ちでシャスタは言う。

「まさか、女将さんまで責任を感じてる、だなんて言うんじゃ?」

「そんなトコじゃけぇの。無意味と分かっても、所詮わっちの自己満足だとしても。やらんよりマシじゃて」

「うん……」

 青年は尻尾付きの毛帽子を両手で丸めた。


「座りんしゃい」

 シャスタとヴィクは向かい合って座る。それを心配そうに見守る使用人達。

「因業坊主の話なら、わっちも話なら聞いた。なんとまあ、上手い商売をし よる」

「客はエシェバ爺さんのような、名誉だの尊敬だのを大事にする手合いが殆どらしい。みんな、金に疎い連中だ。でも、どうして……」

「悪名高い所に金を借りにいくか?」

 シャスタはパイプを咥える。うまそうに煙を吐いて彼女は寂しげに笑った。


「勘違いしちまったんだろう」

「どういう事だ、女将さん?」

「 やんごとなきお方々は、下々から施されてはいかんと勝手に考えちまってるのさ。おかげで最良の札は見えず、見るからに最悪な札しかを引けんようになる」

「選択肢を自分から狭めているのか?」

「わっちの勝手な想像。でも、気ぃ付けな。わっちらにもよくある事だからね、これは」

 そう言うと、シャスタはパイプを咥え直した。

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