食客商売4話-終「酒にのまれるのは食客」

マギル商会に戻ったニトは、まっすぐソファへ向かい、疲れた体を沈めた。厄介ごとから解放されたと頭が判断を下したらしい。みるみる内に彼女の体は疲労で満たされた。


後始末も終えた二人は酒蔵の外へ脱出した。

とにかく冷たい夜。ニトの吐く長いため息も白くなっていた。

「請負人が暗殺を依頼するなんてね」

ディー・ランを見る目は、夜気よりもっと冷たかった。

「これっきりにしときな。あんたみたいな裏稼業やってる人間が、裏の仕組みを好き放題使ったらどうなるか」

「説教するのか、テメェが。俺に?」

ディー・ランは鼻で笑う。


「わかった。素直に頭ぁ下げる。ほれ」

僧侶は適当な態度のまま、頭を下げた。


「報酬の残りは使いの者に渡させる。今夜はこれで解散だ。早いとこ、傷をどうにかしたくてさ、堪んねえんだ」

へらへら笑うディー・ラン。そんな彼に、ニトは尋ねた。

「あの娼婦に惚れてたね、御宅?」

ディー・ランの表情は崩れなかった。しかし、ほんの僅かな動揺があったのを、ニトは見逃さなかった。


「そんな仲じゃあなかったよ、俺たちは。ただの客と商売人」

徐にディー・ランは顔を逸らす。

「せっかく、また買ってやろうと思ったのに、あのザマだ。楽しみを横取りされて、ちょいと頭に来た。だから、あのジェリってぇヤツを殺してやった」

「元凶のコズン共々?」

ニトが付け加える。しかし、生臭坊主は何もを返さない。

「……分かった。これ以上は訊かない」

首を振るニトは、ディー・ランの胸の内を察した。


追求は不要。


「もう帰るぜ。ああ、そうだ」

別れ際にディー・ランは言う。

「ありがとう」

不釣り合い過ぎた。

その言葉を、ニトは喉奥に引っ込め、

ディー・ランの後ろ姿を見送った。


「おかえり。遅かったねェ」

シャスタがソファに近づいて来た。

「どこほっつき歩いていたの?こっちはとっ捕まえた泥棒のことで、防人どもが店にやって来て、商売どころじゃなかったんだから」

「ご飯食べに行ってた」

ぼんやりした口調でニトは答える。


「ほほう。わっちの苦労をよそに外食たぁ、結構な良い身分だわねェ」

シャスタはしばし、ニトの顔を観察。そして、こう言った。

「あ、美味い飯は食えなかったって顔だ」

思わずニトは自分の顔を触ってしまう。

「変な顔でもしてたかな、あたし」

「アンタの変な顔はいつものことじゃけど」

女主人は細長い指でニトの頰を撫でた。

「どんな不味いメシだったのかは聞かんよ。話したくなさそうだし」

この人は何でもお見通し。ニトは心の内で降参した。


「口直しに一杯どう?」

シャスタは酒を飲む仕草をした。夜更けに一人で飲むのが、女主人の習慣だった。

まどろみがら食客は言った。

「……酒はもういいよ」


(了)

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