食客商売9話-3「 #Vtuber に候」

「すごい人の数。アレみんな、見世物目当てのお客なの?」

「どうやら、そのようですね」

 レミル、ロラミアの二人は、距離をとって揺れ動く人の壁を眺めた。


 この炎天下で人波には近づく気にはなれなかった。ましてや彼らは、大なり小なり、目に熱狂を宿している。下手に刺激するのも憚られた。


「しかし、何なのでしょう、影娘って」

 そう言いながら、ロラミアは周辺に軒を連ねる露天へ歩いて行く。

「やっぱり。グッズが売っている」

「グッズ?」

 聞き慣れない言葉に、レミルはついおうむ返しをしてしまう。


「異国の言葉です。特定のお客向けに売る商品とか、雑貨の類とかのことだと、旦那様から聞きました。おそらく、シャスタさんもご存知だと思いますよ」

「うん。お母さん、突然外国語で話し始めるものね……。それはそうと、そのグッズがどうかしたの?」

「影娘にあやかった商品を見たら、多少なりともその姿を想像できると思いませんか?」

「なるほど」

 合点のいったレミルは、財布を取りだそうした。


 しかし、動きはすぐに止まる。

 少女が目星をつけたのは絵馬。

 その隣に、値段が殴り書きされた紙が貼り付けられていた。

「嘘……高い!」

 絵馬の値段、レミルの小遣い三ヶ月分。

「値段を気にしてる所、申し訳ないんですが、レミルさん。これ、見てください」

 ロラミアがそっと絵馬を指さす。

 絵馬には、くだんの影娘 が描かれていた。

 その名の通り、娘の姿は黒一色であった。


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 酒は御主よりずっと偉い。

 不良坊主のディー・ランは、いつものように店で酒を浴びるほど飲んでいた。

 戒律を破る彼のことを、誰も咎めようとしない。


 そもそも戒律など、一度破ってしまえば無いも同然。二度目は容易い。

 三度、四度と繰り返し、その内に体をなさなくなる。

 そして何より、御主の教えなど、決して人の心には届かない。

 ディー・ランはこれら全てを、たった一夜で体に教えこまされた。


 あの時。

 やめろ。考えるな。思い出すな。

 ディー・ランは蓋つきジョッキに強い酒をじゃぶじゃぶ注ぐ。

  これを飲み干せば、思い出さずに済む。

 いつもそうやって凌いできた。


 ジョッキを持ち上げようとしたその時、彼は絶句した。

 波立つ酒の水面に、赤ら顔の高僧の、脂ぎった顔が浮かび上がっているのだ。


 酔いのせいなのか?

 それとも、夢でも見ているのか?

 ディー・ランが戸惑っている内に、高僧の顔がはっきりしてきた。

 顔はついに水面を離れ、肉の塊となって、ディー・ランに迫りはじめる。

 高僧の顔は、腐った嗜虐趣味とニタニタした笑みで歪んでいた。


「畜生……畜生!」

 手が離れない。体そのものが動かない。

 足掻いている途中で、彼は気づいた。

 服が消えてなくなっていた。

 素っ裸のディー・ランは体を あらためる。

 痩せ細った子どもの体だった。

 そして今いる場所は、寺院のお堂。

 御主像が無表情にディー・ランの柔い白肌を見下ろしていた。

 どういうわけか、かつて小僧だった頃に過ごした寺院にいる。


 だが、それに絶望する暇など、

小僧のディー・ランにはなかった。

 高僧の肉厚な両手が、ディー・ランのなだらかな両肩を掴み、床に押し倒してしまう。

 抵抗しようにも、小僧のディー・ランは、大人の腕力から逃れることができない。

 その内に、抑えつけられたまま、うつ伏せにされた。

 そして……。


 ディー・ランは目をがばっとひん剥き、叫んだ。

 突然の事に、彼の両脇で寝ていた夜鷹二人も驚いて目を覚ましてしまう。

「おニイさ ん……一体どうしたんです?」

 目をこすりながら夜鷹は尋ねた。

「嫌な夢でも見たンですネェ」

 もう片方の、褐色肌の夜鷹が寝台から降りて、ロウソクに灯をつけた。

 ぼんやりと夜鷹のチョコレート色の背中が、暗闇に浮かび上がる。


「ブランデー、お持ちしますネェ」

 ディー・ランは何も答えない。

 黙ったまま、自らの裸体を見下ろすだけである。

 古傷、生傷で覆われた肌。鍛え上げた硬い筋肉。少しだけ、ディー・ランは安堵した。

 もう弱い己ではない。


 段々、意識と記憶がはっきりして来た。

 殺しの仕事を終え、報酬を受け取った足でそのまま色街に向かった。

 顔馴染みの夜鷹二人の家に転がり込み、酒を浴びるように飲んで肉を貪り食 った。

 これで殺しの報酬は、明日の朝には一銭も残っていないだろう。

(それで良い)

 この不良坊主、元より財を蓄える気など更々なかった。


(汚ねぇ金なんざ、貯めたところで、ちっとも嬉しくねぇやい)

 畜生とはいえ、わずかに悪に手を染めている事への悔恨が、僅かに残っているのだ。


「あらまあ。汗びっしょりだよォ」

 ブランデーを運んできた夜鷹が、片割れにタオルを渡す。

 その片割れが、ぱたぱたと坊主の汗を拭いはじめた。

「いま、何時だ?」

「んー。あら……じきに日が変わるねェ」

「まだ、そんな時間かい」

 そう呟き、ブランデーを一息であおる。

「ええ。まだ、そんな時間ですよ。どうします、もう一眠りしますか?それとも ……」

「寝る」

「珍しい。いつもは朝になるまで、わたい達と遊んでくださるンに」

「気が乗らねェんだよ」

「あーい。分かりましたァよオ」


 ディー・ランも、もう一眠りしようとした時だ。

 外で怒号が響いた。その後で物が崩れる音がした。喧嘩でもしているのだろう。

「マァ……うるさいわネェ」

「その内に止むわよ」

 夜鷹達は顔を見合わせ、くすくす笑う。

 しかし、ディー・ランは違った。

 仏頂面で起き上がったかと思うと、部屋着に袖を通しはじめた。


「だぁ様、どしたンですぅ?」

「寝ましょう、寝ましょう」

 夜鷹達の声を無視して、ディー・ランは部屋から出て行ってしまった。


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「……いいか?これで懲りたらもう二度と、俺たちの前に現れるンじゃあねぇぞ!?」

 決まりきった脅しを吐く暴漢。

 続けざまに、彼は相手が頷く間も与えず、男の腹を蹴飛ばした。


 地面を転がり、うめき苦しむ男を暴漢と、取り巻き二人がせせら笑う。

「もう一度、訊く。痛い思いしたくなかったら、今すぐどこかに消えるんだ。いいな?」

 男が身じろぎする。立とうとしているらしい。すかさず、暴漢は男の頭を踏んづけた。


「なあ、ちょいと」

 後ろから声がかかる。

 取り巻きの一人が振り向く。彼が目にしたのは声をかけた人物の顔ではなく、硬い拳だった。


 派手に倒れる仲間に目をひん剥く二人。

 そうして驚いている間に、もう一人が腹を蹴られた。

 武術の心得も身のこなしも関係ない。雑な前蹴り。それでも大人のあばらを砕き、沈黙させてしまう程の威力があった。


「てめえ、なにも……」

 暴漢が言い終わるより速く、ディー・ランの拳が唸った。

「……なにも一々聞かず、さっさと殴り返せば良かったのに」

 どさりと倒れる暴漢に、ディー・ランはそっと言った。


 ようやく、殴られていた男がよろよろ起き上がろうとしている。

 ディー・ランはちらりと一瞥しただけ。男には手を貸さず、立ち去ってしまった。


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 翌朝。

 ディー・ランが目を覚ますと、両脇に寝ていたはずの夜鷹達がいなくなっていた。

 仕事に出たのだろ う。不良坊主は気にするでもなく、ベッドから下りた。


 部屋中が散らかっていた。

 テーブルに至っては、昨晩の乱痴気騒ぎの跡が、まだしっかり残っている。

 ディー・ランは転がった椅子を起こそうともせず、テーブルに尻を載せた。

 みしりと脚がいやな音をたてたが、これも気にしない。


 お祈りも適当に、不良坊主は素手で夕飯の残り物を掴み、口に押し込んでいく。

 タレまみれの鶏肉の蒸し焼き。しなびた菜っ葉。ゆで卵。豆。巻貝の醤油漬け。

 魚肉と五目野菜を米皮で包んだ家庭料理。


 油がべっとりついた手で茶瓶を持ち、注ぎ口からジャバジャバと、冷めた緑茶を飲む。

 ようやく、口の中がすっきりする。

 朝食終了。


 ディー・ラン は窓を開けた。

 蒸し暑い外の空気と、もう一つ、あるものが彼を不快にさせた。

「……最悪」

 彼は不機嫌に呟く。

 昨日助けた男が家の前に立っていた。

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