食客商売9話-2「 #Vtuber に候」

 湯気たちこめる風呂場で裸の男 二人きり。


 何も起きない筈がない。


 肩を並べて湯船に浸かる二人。

 どちらも屈強をしていた。片方は、数えたらキリがないぐらい古傷だらけ。もう片方は、岩のような筋肉と太い首を持つが、傷一つない、きれいな肌をしていた。


「少し迷っていたが、質問をしていいか?」

 肌のきれいな男が口を開く。

「どうぞ」

 傷の男は促しながら、頭に載せていた手ぬぐいで顔を拭った。


「その全身の傷。もしや、兵隊にとられていたのでは?」

「いいや。戦争なんざ行ったこともねぇよ」

「では……」

「そうい う御宅だって、騎士だってぇのに、兵隊にはとられなかったクチだろう?」

 肌のきれいな騎士は顔を強張らせる。


「どうして知ってるかって? 野暮な質問は止せ。番台に刀を預けてたじゃあないか。

 それに、脱衣場の着物は高級品で、しかも乗馬用だった。そいつを丁寧に畳んじまってさ。私は育ちが良いんですって、自分から言っているようなもんだぜ」

「はあ」

 騎士の顔から緊張が引き、代わりに疑問の色が増していった。


「ご察しの通りです。しかし、よく見ていましたね」

「世渡りの真髄は目配り気配りにあり。こいつは、死んだ婆さんの入れ知恵さね」

 傷の男は手拭いで顔を覆ったまま、湯の中で右手を開け広げた。


「まあ……とにかく、人は見かけ通りとは限らんのだ」

 手拭いの隙間から、騎士を覗き見る。

「そうだな。一見すると、いかにも善良で教養のありそうな男だが、実は顔も名前も知らん 女を手当たり次第、殺して回る狂人だった……なんて事もあるだろう」


 騎士は口を結び、黙って傷の男を凝視。その目に光はなく、表情は凍てついていた。

 風呂は熱い筈だ。なのに、二人の男達の間には冷気が漂っていた。


 やっと、騎士が口を開いた。

「今度は見当外れのようですな」

「いいや」

 傷の男……請負人のディー・ランは湯船に沈めていた右手を突き出した。

 大きな手が、騎士の首をがっしり掴む。

「大当たり」

 ディー・ランの手の中で嫌な音が鳴った。


 騎士の頚骨が外れたのだ。


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 今回の依頼は辻斬りをした騎士の暗殺。

 そう、さっき殺した男だ。


 今のご時世には珍しい、文武両道で品行方正な騎 士様だと評判だったらしい。

 しかしその正体は、女ばかり斬って捨てる畜生だった。

 日向で輝く花の根っこは地面の下。

 引っこ抜かなければ誰にも分からない。


「ふざけてるぜ、まったく」

 ディー・ランは頭上で喧しく光る太陽を睨みあげた。

 暦の上ではまもなく秋になる。なのに、空には夏が相変わらず居座っていた。

「汗はかきたくねぇんだよ、クソ」


 ブツブツと、神を罵る言葉を吐き捨てながら、ディー・ランは僧衣が汗で汚れていないか確かめた。


 人を殺して金を貰うこの男、本職は神を拝んで金を得る僧侶だった。

 それも、酒と肉、女の体に溺れる破戒僧である。

「坊さん、坊さん。そう苛々してちゃあ、余計に暑くなるよ」

 近くに座っ ていた老婆が声をかけて来た。不機嫌な顔だった。

 老婆はディー・ランの口汚さに腹を立てているらしい。


「うるせぇ、ババア」

 ディー・ランは腰に吊るしていた水筒をあおる。水筒の側には、しっかり〈酒〉と書かれていた。

「おや、昼間っから酒かい? 御主様のお使いの癖に。地獄に落ちな!」

 老婆は歯が殆ど残っていない口を開け、吠えた。

「さっきに落っこちるのはてめえの方だ」

 と、酔いが回って来た不良坊主は、声高に言い返した。


 いつもなら、激怒した相手と口論するのが日課の不良坊主だが、今日は違った。

 彼は察知したのだ。自分に注がれる、殺気の混じった視線に。

 周囲を見回してみたが、視線はすぐに消えてしまっ た。

「……あんだってんだい?」

 不機嫌に呟いていると、老婆が桶の水をぶっかけて来た。


たちまちディー・ランはずぶ濡れになった。

「この……糞ババア!?」


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「どこに行ってたの、ロラミア?」

 レミルは不安げに訊ねた。

「すいません。古い知り合いを見かけて、つい会いに行ってしまったんです」

 給仕のロラミアは申し訳なさそうに言う。


「そうなの。ちゃんとお話しできた?」

「はい。では、行きましょう」

 にっこり微笑んでロラミアは歩き始めた。


「いつもながら、付き合わせてしまって申し訳ないです。妹様のお使いは、本来なら私一人で済ませる筈なのに」

 と、ロラミアは苦笑い。


「いいのよ。ずっとお店にこもっているのは、正直退屈なの。それに、女の子の貴重な意見を聞いて、良いお土産が買えると思えば、悪くないでしょう?」

「それはもう。レミルさんの選んでくれた品には、妹様も大喜びです」


 ロラミアは、ある貴族の家に給仕として仕えている。

 特にその家の娘……妹様と呼ばれる少女に気に入られており、よく無理難題を押し付けられていた。


 妹様は勝気な性格に反して病弱だと、

ロラミアはレミルにだけ打ち明けた事があった。以来、妹様への土産をレミルに相談して、共に買い求める仲になっていた。


 さて、この瞬間、道行く人々の殆どが、

レミル達を仲の良い少女二人と思っていた。

 だが、ロラミ アは男だ。

 小さな顔は年不相応に美しく整っているし、厚い黒髪を背中まで垂らしている。

 何より、着ている着物は女ものだった。


(素材が良いのよ)

 レミルはロラミアの女装姿に、いつも白旗をあげてばかりだった。

 女ものの着物を完璧に着こなし、更に身のこなしまで女になりきったロラミアを、男と見破った者はいない。

 何でも、妹様に着せ替え人形のように弄られ、女子の格好をさせられているそうだ。


 それはさておき。

 二人はギラつく日光から逃げるように、商店の軒下へと歩いていく。

「日傘を持って来るべきでした」

 と、ロラミアはこぼす。

「他の人たちも、みんな日陰を歩いている。はて、レミルさん。どうしました?」

レミルが遠くを見ているのに気付いた。


「何か、見つけましたか?」

「うん。変わった見世物だなあ、と思って」

 少女の指差す先には見世物小屋。入り口には大勢の人間が列をなして並んでいる。

 そして、漆塗りの看板には、このような触れ書きがあった。


〈姿あれど形見えぬ。影娘チユ 絢爛に舞う〉


 二人は顔を見合わせた。

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